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一次創作絵・文サイト。まったりグダグダやっとります。腐要素、その他諸々ご注意を。
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美波薫雄(みなみ しげお)

■28歳。
六輪署刑事課所属。
当時事件を担当していた上司から鷲尾の話を聞いて興味を持ち、接触していく。
仕事柄(元から?)人を疑い深く、相手の個人情報をしつこく聞きたがることが多い。童顔が悩み。
謎の失踪を遂げている姉がおり、何か事件に巻き込まれたに違いないと今も行方を追っている。
刑事でありながら、神隠しを調べる元ヤクザの真鍋に協力している。
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『むかしむかしあるところに、仲睦まじい名家の娘と青年がいました。娘と青年は許婚でした。
ところが、娘の正体はなんと月の民だったのです。
月が満ちるその夜、娘は月に帰ってしまいました。
娘はたくさん泣きました。帰りたい。せめてもう一度大切な人達に会いたいと泣きました。
たいそう悲しんだ娘は、遂に眠りから目を覚まさなくなってしまいました。
娘はそれからずっとずっと、今でも救いを待っています。
いつか救い出された時、娘は長年忘れていた笑顔を見せるのです。
その温かい腕で、救世主を抱きしめるのです。
そうすれば、真っ暗な部屋に光が灯ります。美しい花が咲きます。僕の心も救われます。
もう泣く人はいない、平和な世界が訪れるのです。
僕はそんな素敵な世界をこの目で見たいです。』

「…………」
弟は、兄が書いた絵本を言葉を発することなく読んでいた。
絵本とはいえ一枚の画用紙に線を引き、片方に挿絵、片方に文章、それらを数ページ描いて一冊にまとめているといった簡単ものではあるが。
挿絵も文章も、クレヨンを使った子供らしい柔らかなタッチで描かれていた。同年代の子供と比べても、上手い方だとは思う。
最後のページには、眠りから覚めた娘が救世主と思しき少年と手を繋ぎ、花に囲まれた世界で嬉しそうに笑う絵があった。
――突然別れることとなった娘と青年の悲恋の物語。だが、最後に娘は救われる。差し詰めそんなところか。
「……兄さんらしいな」
平和な世界が訪れると言っておきながら、青年のことは置いてきぼりだ。
悲しんだのは娘だけではない。これには残された青年の苦痛が書かれていない。自分達さえ幸せならそれでいいと思っているのだ。
兄からすれば、それも仕方ないことだが。
もしも青年と娘の再会が叶う展開があろうものならば、それは自身の存在を否定することになる。
――この娘のモデルは、青蓮院麗華。兄弟を産んで死んだ実の母親だ。
青年は霧島蔵之介。麗華の許婚であった男。
そして、麗華を救う救世主は兄…。
妄想と願望に満ち溢れたなんてくだらない物語なのだろうと、弟は鼻で笑う。
次の拍子には、絵本のページを破いていた。
一枚、また一枚。ビリビリと派手な音を立てて破く。
全てのページを破き終わると、弟は床に落ちた紙切れを更に細かく破いていった。塵になったそれは、暖炉の中に焼べた。
兄はせっかく書いた絵本が消えたことを知ると、ぐずって泣き出した。
一度は弟のせいにしても、弟が知らないと言えば鵜呑みにした。
どこまでも愚かな兄を見ているのは、実に愉しかった。
…そうだ。俺も書いてみようか。妄想ではない、これから成し遂げる物語を。
思いつくままに、弟は画用紙とクレヨンを持って部屋に篭った。

『むかしむかしあるところに、仲睦まじい名家の娘と青年がいました。娘と青年は許婚でした。
月が満ちるその夜、娘は神隠しに遭いました。
青年は娘を必死に探しましたが、見つかるはずもありません。本当は悪人が連れ去っただけなのですから。
それでも青年は愛しい娘の無事を信じ、今でも独り身のまま探し続けています。気丈にも涙は見せません。しかし、来る日も来る日も心は泣いています。
娘は悪人達に暴行されました。何故こんな目に遭うのか、何故自分だったのか、そして青年のことを思い出し、毎日泣いていました。
娘は悪人との間にできた悪魔とその贄を産んで死にました。勿体なく思った悪人は、娘を人形にして保管します。
贄は娘が好きです。悪魔も娘が好きです。
でも、悪魔は贄も好きでした。だから娘を燃やしました。悪魔は全てを燃やします。
燃やしたら、みんな灰になってしまいます。
そうすれば――』

弟の絵本は最後のページで途切れていた。
挿絵には、黒い影のようなもの――悪魔が人間達を火あぶりにする様子が、血ほどに赤いクレヨンで描き殴られていた。
とても子供が書いたとは思えない残酷な絵本を眺め、弟の世話係達は、結末を知りたがる。
「まだ書かない。それはこれから実行するんだ」
世話係達は完成が楽しみだと言った。
弟の物語が完結するのは、近い未来。

『そうすれば――世界に絶望が訪れます。そんな醜い世界で、俺は笑っていました』

*

童話調のお話が書きたくて。どんな絵描くんだろう…ガクブル。
「…まさかこんな事で釣られるなんて…」
「いや、気にしないでよ。どんな形であれ、智光くんが更正してくれれば、明王院さんにとってはありがたいと思うから」
週末、俺は千裕と明王院家に向かっていた。
学校の傍が金持ちが集まるセレブ街だという事は知っていたが、こんなにも近くだとは思わなかった。普段は滅多に近付かないルートだから、気にすることもなかったが。
「でもさ、歳が近い奴って…お前じゃ駄目なの?何回か会った事あるんだろ?」
「まぁ、そうなんだけど…僕には合わなさそうだったから…」
「何それ、性格が合わなさそうだったから俺に押し付けた、ってこと?」
「あはは、違うよ。頼もしい敦だからだって」
なんて、談笑してるうちに目的地に着いた。
「うわっ…すげー…」
想像はしていたが、テレビで見るような豪邸を目の前にして、自然と声が出てしまった。
豪邸の前には巨大な漆黒の門があって、その向こうにはこれまた壮大な庭が広がっている。
ついつい見とれて、俺は生唾を飲み込んだ。
「さてと、こっちだよ」
「え?」
でっかい正面門から入るのだと思いきや、草花が生い茂った、家のちょうど裏側に案内される。
普通にインターホンがあって、ポストがあって、派手な装飾もない玄関。見た目はすごく地味だ。
見ただけではわからないほどには金が掛かっているのかもしれないが、俺の家と変わらないように思う。
「あ、れ…意外と庶民的?」
「あの正面門がいちいち開いてたら目立つでしょ?普段はこっちから出入りするんだ」
この豪邸を見ても驚きもしない千裕を見て、彼がセレブだったことを思い出す。
千裕の実家は、テレビでも見ることのある華道家である。その関係で、明王院さんとは親同士が仲が良いらしい。まあ、確かにそうでもなければこんな機会は一生に一度あるかどうかだろうな。
千裕が合鍵を使って中に入ると、俺もお邪魔しますと声に出しながら続く。
明王院家の内部は、家具が少なく片付いていて、あまり生活感がなかった。でも、所々に飾ってある置物やら絵画やらは、素人目から見ても価値のあるものなんだろうなと思う。
そして、三階にある部屋の前で千裕は足を止めた。
「智光くん?僕だけど、例の人を連れて来たから…入るよ?」
やっべ、緊張してきた。胸に手を当て、深呼吸し、自分なりの満面の笑みを作る。
そして、ドアが開けられるのと同じタイミングで、声をかけた。
「ど、どうもこんにちっ…………は」
こうも間が空いてしまったのは噛んでしまったからではない。いや、ちょっとそれもあるけど。
視界に飛び込んで来たものが、信じられなかったからだ。
「……何だよ?」
そういう彼は、仏頂面で愛想なんてあったもんじゃない。ゲームをやっていたのだろうか、コントローラーを手に、不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
「…っ、ああ、智光くん、この人が君に話した…」
「お、織田敦です。よろしく、智光…くん?」
苦笑いで話を降る千裕に続き、挨拶をする。
そんな俺を見て、彼はふぅんと鼻で笑うと、視点をテレビに戻してゲームを再開し始めた。
鼻で笑われた…というか、とりあえずそのゲームを止めろ!俺、一応は目上の人なんですけど…!?
「ち、ちょっと、智光くん…挨拶くらいはしよう?ねっ?」
さすがの千裕も少し慌てて、注意した。すると、ゲームを続ける手はそのままに、面倒臭そうに答える。
「明王院智光です。ま、短い間でしょうがよろしくお願いしますね、織田さん」
む、ムカつく…!!
敬語を使ってるのは良いけど…短い間、って何だよ!?早々に俺を追い出すつもりか!?
ちらりと千裕の方を見ると、小さな声でゴメンと言われた。
『僕には合わなさそうだったから…』
(俺も合わなさそうなんだけど…!!)
千裕に言われた事の意味を理解し、泣きたくなった。

「えーっと…あのさ、智光くん。何かして欲しいこととか無いの?遠慮しなくて良いんだぞ?」
「…別に。ホントにねぇから」
あれから30分。千裕は逃げるように帰り、俺は部屋にこの智光くんと二人きり。
当の本人と言えば、さっきからゲームを黙々とやってるし、こちらが何か喋れば簡潔に、かつイラッと来る答えを返される。実に居心地が悪い。
「そ、そうは言っても…。ほら、俺、今日からここに住む訳だし…」
実はこの件は、住み込みというのが条件だった。
明王院さんは、今は仕事が忙しく海外にいる。当然、明王院さんは智光くんも連れて行くつもりで…でも、肝心の本人はそれを断ったそうだ。
この歳で、それも引きこもりがちな子が海外暮らしなんて少し無理があるよな。俺だって、急に海外へ行くからついて来いなんて言われたら、日本に残る方を選ぶかもしれない。
けど、このでかい家にたった一人で住むというのはある意味、突然の海外生活と同じくらい無謀なんじゃないか?
金銭には困っていないから、防犯や家政婦などの態勢は整えられているとはいえ、親にとって子はいついかなる時も心配で仕方ないものだ…という訳で、俺は智光くんのお守りをすることになっている。いわゆる、メンタルフレンドってやつだ。
豪邸にタダで住めるとあって、普通は断る奴なんて居ないだろう。え、それに釣られた俺が言っちゃ駄目?あ、そう。できたら人間らしい判断だと言ってくれたまえ。
「別に俺は、あんたに一緒に住んでくれなんて頼んだ覚えはねーよ?大丈夫、あんたのことは空気だと思うことにするから」
ああやばい。ムカつく。
決して短気な方では無いが、こうも目下の奴に冷たい態度をとられると笑っていられなくなる。
あれか?社長の一人息子イコール、傲慢。みたいな、性格の持ち主なんだろうか?もし本当にそうなのであればたまったもんじゃないな。
(大体、不登校児って言ったらなぁ…!)
学園ドラマで一人はいる生徒を思い浮かべ、目の前の奴と比べてみる。
あまりに違いすぎる…。 いや、でも外見だけで決め付けるのは良くないよな。辛い事があったから強気な態度を取っているのかもしれないし…。
「…な、智光くん。その…なんで学校行かなくなったんだ?楽しくなかったのか?もしかして、いじめとか…」
「うわ、すっげー直球」
せめて言い方考えろよとダメ出しされ、若干苛つきながらも、思わず謝ってしまった。
「何か勘違いしてるみてーだけど、俺はホントにそーいうんじゃないから。勉強もできる方だし」
「はは、見栄張っちゃって。そんなこと言って実際はどうせ中の上くらいじゃ」
「全国模試一位…」
「なっ……!?」
そういや、この辺の中学でそんな成績を取った奴がいる、なんて噂を聞いた事があった。
でも、こんな近くに居たなんて…それも、こいつがそうだなんて、俄かに信じられない。が、本当ならできる方なんてレベルじゃない、できすぎだろ!
「そ、そんなに言うならなんで…?」
「理由なんてねーよ。まあ学校生活がつまんなくて…?そんだけ」
…なにか、よっぽどの事情があるかと思ったけど、そういう訳じゃない…多分こいつは、元からこういう性格なんだと思った。と、改めて言うと余計に虚しくなる。
虚しくなりながら智光くんがゲームしてる姿をぼうっと見ていたら、日もすっかり暮れてしまった。

「腹減った」
ずっと無言でゲームをしていた智光くんが、ぼそりと呟いた。
「そ、そうだな。もうこんな時間だし…あ、家政婦さんに夕飯頼んで来ようか。何か食いたいものとかある?」
「家政婦?…あー…もういねぇんだわ。随分前に辞めてもらった」
なんだ、居ないならどうりでさっきから見かけないと思った。…って、いやいや、それってもしかして…本当に一人暮らしってことか?
な、なんて無茶をするんだこいつは…。セレブの考えることはわからん。と言うより、こいつの思考がわからん。
「じゃあ一応聞くけど、あんた料理とか出来る?」
「……え」
えーと……それはつまり、今は家政婦さんもいないから、俺が智光くんの食事を用意しなければならないと。
俺はありがたいことにいつも家に帰れば親が飯を作って待っていてくれているし、家に一人の時はインスタント食品で済ませてしまう。
自分で料理をする機会といえば、家庭科の調理実習くらいだ。
答えを出すならそう、できない。まったくできない。
「…どうせ、何にも出来ないのに報酬って言葉に釣られたんじゃねぇの?」
「そ、んな…事は……」
「ああ、いいって。言い訳なんか聞き苦しい」
「…………」
確かに目先のことに釣られてしまったことが今になって申し訳なくなってきた…。
けど、家政婦さんがいるから生活面は大丈夫だって、俺はただ智光くんの話し相手になるだけでいいって聞いてたから引き受けたのに。
というか、何でこうも心の中を読まれるんだ?こいつエスパー!?
「…腹減ったー…」
二度目の同じセリフは、多少の悪意が込められているように感じた。
あんたのせいでもっと減った、なんて声が聞こえてきそうな目つきで睨まれる。
「…よ、よし。それじゃあ俺…作るよ!見よう見真似でなんとか…」
「別にいい。外食にするから」
俺の提案を即座に否定したかと思うと、智光くんはやっていたゲームの電源を切り、身なりを整え始めた。
「何ボサッとしてんだ。あんたも行くだろ?」
「えっ…いや、でも…」
「…金の心配か?安心しろ、俺の奢りにすっから」
「そ、そうじゃなくて…」
ためらっていると、智光くんが溜息を吐いて言う。
「あんたが不慣れな料理をしたとして、それを俺に食わせられる保証があるか?」
「…や、やってみないとわからないだろ…意外と美味いかもしれないし」
「あんたも頑固だな。いいから、今日は俺に付き合え」
食い下がる俺に苛立ったのか、智光くんが舌打ちをする。結局、その日は半ば強引に同行する羽目になった。

「いらっしゃ…なんだ、智光と…ん?敦?」
「ひ、秀吉!?」
「…同じ高校とは聞いてたが、やっぱり知り合いか」
智光くんに連れて来られたのは、俺もよく知ってる秀吉、の実家の寿司屋だった。
「秀吉…こいつと知り合いなら、お前が立候補すれば良かったんじゃ…」
「そうも思ったが、俺はここを離れる訳にはいかないだろう」
秀吉は卒業したら寿司職人として働きたいらしく、俺達も店によく呼んでくれる。
修行という名目で試食をさせてくれるものだから、そういう意味での人望もあるものだとは思っていたが…。
「ふーん…じゃ、千裕の知り合いではあんたが一番適役だったって事か。千裕もロクな友達がいねぇのな。あ、俺いつもの頼む」
カウンターに座り、さっさと注文する智光くんを見て、更に凹んだ。
よりにもよって、あの秀吉とも繋がってるなんて…この毒舌コンビめ!と心の中で叫ぶものの、目の前の毒舌コンビは他愛もない話をしている。
「今日の鮪は良いものが入ったんだ」
「ん、ホントだ。っつーかお前、また腕を上げただろ、美味い」
「まだお前達くらいにしか出せないんだがな。そう言われると、俺も自信が付く」
(ちぇっ、俺の事なんて無視かよ…)
ダチの店に来てるのに、何だこの空気は…。そういう俺は板挟みが苦手なタイプの人間である。
こいつらの会話に無理に入るのもどうかと思い、一人寂しく出されたお茶をすする。
「で、どうだ?今度は長続きしそうか?」
「…さぁ。本人に聞いてみれば?」
「そうか、そうだな。どうなんだ?敦」
「えっ…な、何が?」
不意に話し掛けられ、ドキリとする。
「智光の件だ。もう辞めたいなんて思っていないだろうな?」
「そ、それは…」
違うと言えば嘘になる。
相手は思春期の人間だ、そんなに簡単にやってのけられるものじゃないってのは分かってるはずだった。
でも、正直こいつは話し合いでどうにかなる奴には思えない。
「…どうせ思ってるだろ。今までの奴らは、俺に勝手にムカついて、勝手に出てった。単に金目的の奴だってたくさんいたんだ。あんただって、俺みたいなのが一番苦手な口だろうし」
「おい、智光…」
「っ……」
何でかな。あいつにそう思われてる事が、いや、あいつが皆そうだと信じ切ってる事の方が、もっとムカついた。
「お、俺は…」
「何だよ」
「俺は…絶対、お前が更正するまで出て行かないからな」
何故そんな事を言ってしまったのか分からない。自分でも、言ってる事を理解するのに時間が掛かったくらいだ。
「へぇ。その強気がいつまで持つか楽しみだな」
「うっさい!俺はそいつらとは違うんだよ!今に見てろ!!」
それだけ吐き捨てると、残りの寿司を全て口に詰め込んだ。
「…後悔しても知らねーぞ?」
そう言う無表情だった智光くんの、いや、智光の口元が微かに緩んだのは見間違いだろうか…。
だが、その言葉に本当に後悔する事になるのは、また別の話だ。
闇金融。表の金融機関ではどうしようもなくなったいわゆる“負け組”が藁にも縋る思いで再起を計ろうと金を借りに来る場所。
だが、その金を違法な高金利で貸し付け、やがて最後の一滴まで搾り取る彼らの仕事を、人はそう呼ぶ。
繁華街にあると言う割にはあまり目立たない、都内の雑居ビル。
義之はそのワンフロアにある事務所にいた。
「ちぇっ…ったく、生きにくい世の中になったもんだな…」
キャスター付きの椅子に座り、くるくると回りながら、事務所の小さなテレビから流れてくる暗いニュースに義之は不満を零す。
そんな自堕落な姿を見て、最奥のデスクで資料に目を通していた男が、ムッと眉間に皺を寄せる。
「愚痴る暇があるならとっとと仕事しろ。お前の担当の会社員はどうなったんだ?」
厳つい顔面の、見るからにそれらしい男。
彼も義之と同じヤクザで、血の繋がった兄であった。名前は和之と言う。
和之は長男であり、その間には、母がオーナーとして君臨するホストクラブで店長を務める次男の浩之がいる。
デスクに居ないところを見ると、今は仮眠室で休んでいるのだろう。
この会社は柳兄弟が筆頭になって経営し、バックに龍真組がいるのを良いことに更に下の闇金業者をも統括していた。
もっとも、その強大な組織…蓮見・柳の家の名を越えて絶対服従の意を見せる男がいることは兄達も知らない。
紅い館を仕切るその男の冷たい眼光だけは、恐れ知らずな義之が唯一、未だ恐怖で四六時中忘れられないものである。
義之は暇そうにデスクの上に両脚を放り出す。
「それがよォ、ギャンブルで金増やそうっつう典型的なクズ。一円も回収できずに自殺されるよりはとっとと労働させた方が良いと思うんだけどよ…」
「時期尚早だ。かき集められるだけかき集めさせてからでも問題ないだろ。ま、死にそうになったらその時はお前に任せる」
和之は資料から目を逸らすことなく、淡々と言った。
兄二人は大学を出ているが義之だけは高校もあまり行かなかったようなもので、実質的には中学を卒業した頃から家業を率先して手伝っている。
キャリアで言えば兄弟の中でも群を抜いているのだが…あいにくこの三男、些細なことで感情的になりやすく頭が回らない、要するに…馬鹿だったのだ。
「簡単に言いやがって…実際に汚れ仕事してんのはオレなんだぜ?現場を知ってる者の言うこと聞いて悪いこたぁねぇと思うがな?あ?」
「…気持ちは解るが、闇金もヤクザも、日に日に厳しくなってんだ。俺はお前に、少しは自分の立場を弁えろと…」
「知るか!要はパクられなきゃ良いんだろうが!大体、カズ兄のやり方はいつも生温ィんだよ。オレだったらなぁ…!」
義之一人がぎゃあぎゃあと騒ぎながら口論していると、浩之が起きてしまったらしい。
眠い目を擦りながらデスクへやって来る。
「なに揉めてんの…ふわぁ…こちとら徹夜明けだってのに…」
「この馬鹿が勝手に喚いてるだけだ、すまん」
「馬鹿言うなバーカ!ヒロ兄も毎日毎日、汚いババア喜ばせて何が楽しいんだ?ホストと家とどっちが大事なんだよ」
「ん~…ホスト?」
なんとも楽観的な浩之の言葉に、義之はがっくりと肩を落とす。
浩之は凝った肩を片手で揉みほぐしながら、面倒そうに言う。
「義之なんて放っておいて平気だよ。将来的にうちはカズが継ぐだろ?今のところあんたが最有力だし」
「あんまり俺を頼るな…。この先、何があるかまだわからないだろうが」
「そーそー。カズ兄がぽっくり死んでオレが継ぐことになるかもしれねぇだろ」
「縁起でもないこと言うんじゃねえよ!」
「恭一坊ちゃんに何と報告したものか…ってやつだね。ぷぷっ」
義之の戯言に和之がキレ、そんな二人を近くで眺める浩之。これが柳兄弟の日常だった。
その時、義之の携帯が場違いとも言える壮大な音楽を奏で始めた。
有名なSF映画の悪役のBGMを着信音にしており、それだけで義之には誰からの着信かが解った。
ディスプレイに表示された“桐島さん”の文字を一睨みすると、義之はわざと大袈裟な態度で電話に出る。
「は、はいはーい!ああ、今っすか?大丈夫っす、全然暇っす!!」
「おい、そんなに暇なら仕事し…」
和之の小言も聞かず、電話に耳を傾ける。
修介の用件は、すぐに館へ来いという内容だった。しかもそれは、義之が好み、集中出来そうな仕事であった。
最初こそ拒絶していたことなどとうに忘れた義之は、満面の笑みで正に理想の上司だ…と痛感していた。
「はい、今から行きます!!ありがとうございます!!」
電話を切ると、早速鼻歌交じりに身なりを整え始める。
「…ったく、誰からの電話だ?随分嬉しそうだな」
「あ、わかった彼氏?」
「へっ、テメェら負け犬には教えてやんねー。いや、ちげーな、負け猫か?にゃんにゃん。ブハハッ」
真顔で手元の資料を落とす和之と、へらへらとした笑みを凍りつかせる浩之。
二人の兄に追いかけられる前に、義之は上機嫌で事務所を出て行った。
それはまだ俺がクラブでバーテンをやっていた頃の話。
「なんだか騒がしいな…」
「あの酔っ払い、最近よく来ますね…ったく迷惑な奴らめ」
蓮見が呆れながら顎で示す先には、数人の舎弟を引き連れて他の客に難癖をつけるヤクザ風の男の姿があった。
今までにもそういう輩の姿を見たことはあるが、まずこの店自体が違法なことから、表沙汰になって困るのはこちらだ。
それを知ってわざと暴れる客もいる。だが、未だ摘発されていないのが現状だ。
龍真組の息がかかっていることを除くと、騒ぎにならない決定的な理由がそこにはある。
「…クズだな」
「柳に始末させましょうか」
「いや、俺が出る。店長も飽き飽きしててさ。今度あいつらが来たら俺の好きにしていいって言われてるんだ」
蓮見は俺の返事を聞くと、店の外で見張り役をする柳に連絡をとった。
すぐさま相手を視界に捉え、背後に回った柳と目で合図を送り、二人掛かりで酔っ払い達を静かな個室へ連れ出す。
俺はそれを見届けると、店長に許可をとってカウンターを後にした。

一足遅れて部屋に入ると、呆気なく床に伏した舎弟達を、柳が不機嫌そうな目で睨んでいた。
「お、お前らこんな真似してただで済むと思うなよ…あの龍真組直系、長澤組に喧嘩売ってんだぞ!」
男は言いながら、震える手で胸のバッチを突き出した。
一瞬目を見開いた柳だったが、どうやら怒りを通り越して呆れ果ててしまったようだ。
力が抜けたように首を振ると、口角をつり上げる。
「一見それっぽいけど全然違ぇよ」
「……へっ?」
「長澤組は直参の中でも穏健派だ。俺も随分と世話になっているが…お前らのような馬鹿は見たことも聞いたこともない」
何とも間抜けな顔になった男に、蓮見が冷静に言う。
こうなっては、さすがに男の酒気は抜けているだろう。
だが、長澤組に属しているらしいにも関わらず蓮見らのことを知らないというのはあまりにも不自然に思えた。
長澤組長は龍真組内でも若頭を務めるNo.2の大幹部で、蓮見の祖父とは兄弟分、親戚団体なのだ。
それの構成員ともあろう者が、いくら酒の勢いとは言えこのような裏切り行為を働くことなどありえない話だ。
あわあわと口を開閉する男の側ににじり寄っていく。
すると、男は情けなく俺達を見上げて叫んだ。
「ち、違うっ。俺らは堅気だっ!これ…試しに造ってみたのを見せたらどいつもこいつも震え上がるもんだから…ほ、ほんの出来心だったんです!」
やはり偽造か。そんなものを使って今まで調子に乗ってきたのだと思うと、頭の中がどす黒い感情に支配されていく。
「ハッ、堅気だって?マジありえねーわ。オレらも舐められたモンだな」
柳が足元の舎弟の手を踏みにじりながら肩を竦める。
「…俺は今、虫の居所が悪いんだ。もう店に来ないって約束するなら、これくらいで許してやる。だが…暴れるようなら」
「う、うるせぇっ!そ、そうだ…こんな真似してただじゃ済まねえのはお前らの方だ!今すぐ警察に…!」
恐怖が勝ったか、男は負けじと上擦った声で吐き捨てる。
俺は宙を眺めると、深いため息を吐いた。
「人の話は最後まで聞けって習わなかったか?…暴れるようなら…死ぬ覚悟をしておけ、って言いたかったんだよ」
普段より低い凄みのある声で言いながら、男の胸倉を引き寄せ、渾身の力で膝蹴りをくらわせる。
倒れ込んだ男を見下ろし、試しに脇腹を踏み付けてみた。
弱々しく、されどまだ抵抗する元気はあるようで、男は俺を押し戻そうと両手で靴を掴む。
その仕草がムカついて、男に馬乗りになる。男の片腕を捩り上げ、そして…硬いものが折れ曲がる不気味な音が響いた。
「あーあ。骨逝ったな。可哀相に」
「鷲尾さんを怒らせるから悪いんだろうが。ギャハハッ」
全く同情していない風な蓮見の横で、柳は腹を抱えて笑う。
男の絶叫がなければ、まるでバラエティー番組でも見ているかのような反応だ。
男の片腕はありえない方向に曲がり、一般人に比べれば多少は厳つく見える顔も、俺への恐怖に染まっていた。
本当はこんなにも弱い癖に、連日の強気な態度はなんだったんだ?集団行動でしか自らを主張できず、強い者の蜜を啜り、立場の弱い者を嬲る。まるで子供のすることじゃないか。
顔をめがけて拳を振り下ろすとガツッと鈍い音がして、男の鼻から赤い粘液が零れる。それは、俺の手にも付いていた。
…血だ。気付いた途端、脳裏に蘇る。
大量の血液に塗れ、肉塊と化した両親の遺体――あの日、あの時、それを目にした瞬間から、俺の何か大切なものが壊れてしまった。
頭から追い出すように更に一発、二発、三発…立て続けに男を殴った。
殴り続ける内に、もうこれが一体何発目なのかも曖昧になってきた。
無心で腕だけを動かす俺の肩を、不意に二人が抑え付ける。
「邪魔するなっ!!」
「ちょっ…どうしちまったんだよ鷲尾さん!今日やり過ぎじゃないっすか!もう放っておいたって死ぬって!!」
「柳の言う通りです。こんな雑魚に、貴方が手を汚す必要はない…!」
大の男二人掛かりで羽交い締めにされ、無理矢理引き剥がされる。
既に虫の息である血まみれの男を目にして、尚も俺は叫ぶ。
「離せ!!こういう奴はっ、野放しにしちゃいけないんだ!クズが…!クズがいるから世の中が悪くなるっ!!だから、父さんと母さんも…」
「鷲尾!!」
蓮見の怒声と共に、腹に鉄拳が飛んできた。
身体を抑え付けられた状態では避けられるはずもなく、その拳をモロにくらってしまう。
俺は咳込みながら反射的に蓮見を睨んだが、物怖じしない蓮見の態度に、それから殴られた痛みも相俟って、興奮が冷めてきた。
そうして、自分がいつの間にか我を忘れていたことに気付いた。
二人は何も答えない。それでも、やるせない感情を胸に抱いていることはわかった。
俺は焦れている。
両親の事件の時効が近いにも関わらず、未だ決定的な情報はなく、犯人像すら掴めていない。
そんな中で、唯一渇きを満たせる時間。「制裁」という名の暴力行為に及ぶことが趣味と化していた。
「…そいつ…どうするんだ」
静かに二人に見やると、俺と目が合った柳が身体を緊張させた。
「あ…はい、こっちで処理しておきますよ。安心して下さい、鷲尾さんに迷惑はかけないようにしますから」
「そう」
俺の素っ気ない返事にもう暴れる気がないと悟るや否や、柳は普段の砕けた笑い方をするが、声は上擦っていた。
蓮見も、申し訳なさそうに俺の顔色を伺ってくる。
「あの…すみませんでした。咄嗟のこととはいえ…鷲尾さん、大丈夫ですか」
「ああ……」
「…荒っぽい真似しか出来なくて申し訳ないです」
ため息まじりに笑いながら、蓮見は頭を掻く。
ただ一言、ごめんと。こんな俺を見捨てないでくれてありがとうと、言えない自分に無性に腹が立つ。
(…本当のクズは俺の方だ…)
そんな本音は、声に出すことなく消えた。
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