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一次創作絵・文サイト。まったりグダグダやっとります。腐要素、その他諸々ご注意を。
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『大きくなったら、正義のヒーローになるんだ!』
男児ならば一度は憧れるあろう、そんな夢。
幼き日の鷲尾もそうだった。小学校に上がる頃には中の人がいるのも知ったが、それでもくじけずむしろ中の人になりたいと思うようになった。
頼れる父と優しい母の笑顔を見ていると、その気持ちは何倍にも膨らんでいって。
いつかは自分達だけじゃない、他の家庭にも笑顔を。
純粋で清い少年の夢を、両親はひたすら温かく、その愛でもって抱擁していた。
だが、そんな両親を忽然と奪われたその日から。
少年の心は壊れ、笑顔は偽りとなった。

何も考えられない。考えたくない。
希望もなく生きて…何になる?
そんなことしか考えられなかった頃、少年は暴力に触れた。
暴力の中で生きる集団がいることも。
柄の悪い連中に絡まれた時には、その筆頭に助けられたことも。
少年は知り、そして憧れた。
『…ヒーローになるんだ』
何度負けても立ち向かうのは正義じゃない、決まって悪の方だ。
少年はいつしか悪を、自分にとってのヒーローに思うようになった。

*

事務所から電話をもらい、蓮見は思わず「はぁ?」と拍子抜けした声を上げた。
電話を切り、内容が気になる様子の柳に、嘲笑混じりに言う。
「今から新人の面接らしい。俺に面接官をしろだとよ」
「ああ?何だそれ。聞いてねぇけど」
柳も、首を傾げる。
それもそうだ。新人構成員の一人や二人で直に連絡を受けるなど、ありえない。
わざわざ本部事務所に足を運んで、しつこく頭を下げでもしない限り。
だが電話では、何のコネも金も無い堅気が、正に捨て身で乗り込んで来たと聞いた。
――今時、ガキでももっと上手い手段を考えるかもしれないというのに。
だが、自ら志願して来たんだ。使い捨てくらいにはしてやるか。
それに…どうせそうするなら、一度そのアホ面を拝んでおきたい。
そう思っていた蓮見だったが、実際に事務所に赴けば、そこにいたのは地味で真面目そうで…だが、どこか憂いのある男だった。
応接間のソファーに座り、屈強な男達に周りを取り囲まれても、男は微動だにしない。
いや…恐れていない訳ではないのだろう。膝の上に置いた拳が、微かに震えている。
だがその表情からは、“恐れる”という感情を忘れてしまった人間のようにも見えた。
男は応接間に通された蓮見を見て、全身を強張らせ、背筋を伸ばす。
「あんたか?うちに入りたいってのは」
ソファーに向かい合うように座り、踏ん反り返る。
「は、はい。鷲尾玲仁と申します。あの、これ…履歴書です」
ゆっくりと開いた唇から漏れたのは、よく通る、正に好青年といった感じの声だった。
吹き出しそうになるのを寸前で堪え、蓮見は無言でそれを受け取った。
背もたれに深く沈みながら、面倒臭そうに視線を落とす。
鷲尾玲仁…現在、22歳。見た目だけはもう少し若く見えたが、春に大学を卒業したばかりか。
そして、出身大学の名を見て、蓮見は首を傾げる。
そこは、偏差値が高く知名度のある大学と言われれば、必ず名前が上がるほどの名門だった。
真面目に就職活動をすれば、不景気の影響で一流とはいかずとも二流か三流にはほぼ確実に入れるだろう。
…勉強しすぎていよいよイカれちまったのか?
あまりの堂々とした姿に、興味すら湧いてくる。
初めこそ警察の潜入捜査の可能性も頭を過ぎりはしたが、事務所の構成員が行った身体検査では怪しげなものは特に何も持っていなかったらしい。
つまり白。どうせ、ガキの遊びの延長線が解らなくなっている哀れな奴なのだろうと、蓮見はため息を漏らす。
「あのなぁ…鷲尾さんよ、今なら今日のことは忘れて帰してやるから、真面目に就活しろよ。野暮な気起こすんじゃねえ」
「そんなこと言わないで下さいっ。龍真組の…いえ、蓮見さんの元で働きたいんです。必ず、お役に立ってみせます。ですから、どうかお願いしますっ…!」
鷲尾の必死の懇願も蓮見は耳に入らないと言った様子で、一人ぼやく。
「何も本部に来なくたってぁ…端くれのカスに酒の一杯でも奢ってやりゃあチンピラぐらいにはなれるだろうに」
興味なさ気に天井を仰ぐ蓮見に鷲尾は僅かに蓮見を睨み、
「俺は本気です!!」
身を乗り出し、テーブルに両手を叩き付けて怒鳴った。
周りの構成員が警戒するが、蓮見はそれを無言の威圧で制止する。
「…ああ、面倒くせぇ。この際だからハッキリ言うがな、本気だろうが何だろうがあんたは不採用だ。とっとと出てけ」
「俺の…俺の、何が悪いんですか…!」
「そこまで教える義理はねえ。頭冷やせ」
ため息を一つ吐いて、踵を返そうとする。
鷲尾は慌ててソファーから降り、土下座の体勢になった。
「お願いします!!」
そのまま、床に額を擦り付ける。
「おい、何してやがる」
「お、俺には…もう…何も残ってないんです。真面目に就職して日々に紛れたって、希望なんてない…!俺は…俺の人生をめちゃくちゃにした奴に…ふ、復讐…するんだ…」
鷲尾は震える声でそう叫ぶ。
どこか悲痛めいたものを感じたが、蓮見は腰を下ろすと鷲尾の髪を鷲掴みにし、顔を寄せる。
「何があったかは知らねえがな、覚悟もない癖に物騒なこと言ってんじゃねえ。死に急いでどうする」
「…それでも、俺は…!!」
引き下がろうとしない鷲尾に焦れた蓮見が、舌打ちをした。
「ヤクザ舐めてんのか?ああ?どうなんだ!!」
声を荒げ、髪を掴んだまま鷲尾の頭を揺さぶる。
鷲尾は苦痛に眉をしかめながら蓮見を睨んだが、ふと俯くと口許を歪ませる。
「…舐めてるだなんて、そんな…俺は、憧れてるんですよ、貴方に…」
「……はぁ?」
「貴方は、覚えてないでしょうけど…絡まれてるところを貴方に助けられて、俺…衝撃受けたんです。中学生の癖に強えじゃんこいつ、って。でもそれ以上に…中坊より弱い自分に心底ムカついた」
フフッと自虐的な笑みを零し、鷲尾は蓮見を見上げた。
そのガラス玉のような瞳を見て、蓮見を声を失った。
ヤバイ…こいつ、イカれてやがる…。
鷲尾の手がふらふらと伸びてきて、蓮見の腕を掴む。
「俺、ヒーローになりたくて…遊園地でアトラクションショーのバイトしてたんです。まあ、その甲斐もあってか、鍛えられましたよ…例えば、怖い人に囲まれた時の対処法、とかね」
捕まれた腕を圧迫する力が、ギリギリと強くなる。
ぐっと喉が鳴り、鷲尾の髪を掴んでいた手を離そうか迷った一瞬の隙をつかれ、腕を引き寄せられるとそのままガツッ、と鈍い音がした。
あれ…俺、もしかして頭突きされた…?
蓮見の思考が着いてきたのは、頭突きの衝撃で後ろへよろめき、ソファーに背中を打った後だった。
「坊ちゃん!テメェッ、この野郎…!!」
「ちょ…待て、お前ら、堅気に手出すんじゃねえっ…」
今にも鷲尾に掴みかかろうとしていた構成員に、まだクラクラする頭を抑えながら、かろうじて制止の言葉を口にする。
「あー…痛ってえ…。今のはマジで痛かった…。目の前に星が見えた…」
漫画によく出て来る表現が現実にあるものなのだなと知り、頭痛と闘いながら蓮見は呟く。
鷲尾はすっくと立ち上がると力で捩伏せた蓮見を見下ろし、笑っていた。
「ね、いま俺、暴力団の息子に手出しちゃいましたよね。これで俺が覚悟出来てないなんて言ったら、それこそ貴方の面子に関わりますよね」
「…そりゃあ、解ったけど…力付くかよ」
弱々しく頭を振りながら、蓮見は思う。
今まで俺を素手で倒した奴は居なかった…まあ、今のは不意打ちだったけど。
こんな奴を入れてうちの組は大丈夫なんだろうか…?
もしも、もしも内乱が起きた場合を恐ろしく思いながら、蓮見はずれかけていたサングラスの縁を上げる。
「…やっぱあんたはうちには入れられねえ。確かに役に立ちそうだが、危険過ぎる」
鷲尾は笑みを消し、残念そうに肩を竦める。
「…だから、代わりに俺があんたに着いてやるよ」
もうどうにでもなれ。蓮見は半ば投げやりに言った。
「へえ…良いのか?」
「俺が決めた。今決めた。だから良いんだ。…その復讐ってのにも興味があるしな」
鷲尾は苦笑すると、ありがとう、と微笑みながら、手を差し伸ばしてきた。
蓮見の脳裏に焼き付いて離れない、あの人間味のしない双眸の持ち主だとは、到底思えない優しげな表情であった。

その後は鷲尾を幹部らに紹介して事情を話し、柳も最初こそ拒絶して鷲尾に殴りかかっていったが、あっけなくボコボコにされた後はまるで兄が出来たように喜んで鷲尾に付き従うことを受け入れた。
――それから月日は流れ、蓮見らは鷲尾がバーテンダーとして働く店にいた。
店内には大音量の音楽が流れ、いかがわしい雰囲気のそこは違法クラブであり、蓮見と柳も時間のある時は鷲尾の元にたむろしていた。
「うーん……」
仕事中は私情を持ち込まない鷲尾にしては珍しく、神妙な顔でグラスを拭いている。
「どうしたんです、鷲尾さん?何か悩み事でも?」
カウンター席で鷲尾の作ったカクテルを飲みながら、蓮見が聞いた。
「…俺さ、昔からスタントマンになりかったんだ。でもなんでバーテンなんかしてんだろ、と思って」
「……はぁ」
「ああ、もちろんこの仕事も好きだよ。でも、やっぱり…。フフッ、早く見付けないとな」
両親を殺した手掛かり一つない犯人に殺意以上のものを抱きながら、鷲尾は笑う。
この人は何故笑っていられるんだ…蓮見は鷲尾の笑みを見ると、いつも胸が痛かった。
鷲尾の笑みは、悲しみに暮れ、枯れる涙も流せなくなった結果。
そして、憎悪を燃やすことによって自我を保っているという安心感がくる笑みだ。鷲尾と親交を深める内、それを知った。
復讐を止めようとは思わない。その過程で鷲尾がどうなろうと知ったことではない。
だが、鷲尾には信念がある。それが歪んでいようが、男が本気で悩み抜いた末の決定だ。
信念を貫くまでは、鷲尾を守り、盾になるのが俺達に出来ること。
その後は何があっても潔くさよなら、だ。
ここ最近まで、蓮見はそう思っていた。
しかし、ふと考えることがある。
もしもそうなった時、何の未練も無しに別れられるだろうか。
…正直、今は自信がない。柳もそう零していた辺り、俺達は相当、この人の…人間の闇に触れてしまったかもしれない…。
「そうですね」と小さく呟き、蓮見はカクテルグラスの中身を飲み干した。

少年は心を壊され、価値観が変わり、そしてまた、悪をもって心を形成していく。
闇の中にも光はあるのか。
光の中にこそ闇があるのか。
実に14年の歳月を経て、再び少年の心を掻き乱すことになる男が現れるのは、その日の出来事だった。
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