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一次創作絵・文サイト。まったりグダグダやっとります。腐要素、その他諸々ご注意を。
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『むかしむかしあるところに、仲睦まじい名家の娘と青年がいました。娘と青年は許婚でした。
ところが、娘の正体はなんと月の民だったのです。
月が満ちるその夜、娘は月に帰ってしまいました。
娘はたくさん泣きました。帰りたい。せめてもう一度大切な人達に会いたいと泣きました。
たいそう悲しんだ娘は、遂に眠りから目を覚まさなくなってしまいました。
娘はそれからずっとずっと、今でも救いを待っています。
いつか救い出された時、娘は長年忘れていた笑顔を見せるのです。
その温かい腕で、救世主を抱きしめるのです。
そうすれば、真っ暗な部屋に光が灯ります。美しい花が咲きます。僕の心も救われます。
もう泣く人はいない、平和な世界が訪れるのです。
僕はそんな素敵な世界をこの目で見たいです。』

「…………」
弟は、兄が書いた絵本を言葉を発することなく読んでいた。
絵本とはいえ一枚の画用紙に線を引き、片方に挿絵、片方に文章、それらを数ページ描いて一冊にまとめているといった簡単ものではあるが。
挿絵も文章も、クレヨンを使った子供らしい柔らかなタッチで描かれていた。同年代の子供と比べても、上手い方だとは思う。
最後のページには、眠りから覚めた娘が救世主と思しき少年と手を繋ぎ、花に囲まれた世界で嬉しそうに笑う絵があった。
――突然別れることとなった娘と青年の悲恋の物語。だが、最後に娘は救われる。差し詰めそんなところか。
「……兄さんらしいな」
平和な世界が訪れると言っておきながら、青年のことは置いてきぼりだ。
悲しんだのは娘だけではない。これには残された青年の苦痛が書かれていない。自分達さえ幸せならそれでいいと思っているのだ。
兄からすれば、それも仕方ないことだが。
もしも青年と娘の再会が叶う展開があろうものならば、それは自身の存在を否定することになる。
――この娘のモデルは、青蓮院麗華。兄弟を産んで死んだ実の母親だ。
青年は霧島蔵之介。麗華の許婚であった男。
そして、麗華を救う救世主は兄…。
妄想と願望に満ち溢れたなんてくだらない物語なのだろうと、弟は鼻で笑う。
次の拍子には、絵本のページを破いていた。
一枚、また一枚。ビリビリと派手な音を立てて破く。
全てのページを破き終わると、弟は床に落ちた紙切れを更に細かく破いていった。塵になったそれは、暖炉の中に焼べた。
兄はせっかく書いた絵本が消えたことを知ると、ぐずって泣き出した。
一度は弟のせいにしても、弟が知らないと言えば鵜呑みにした。
どこまでも愚かな兄を見ているのは、実に愉しかった。
…そうだ。俺も書いてみようか。妄想ではない、これから成し遂げる物語を。
思いつくままに、弟は画用紙とクレヨンを持って部屋に篭った。

『むかしむかしあるところに、仲睦まじい名家の娘と青年がいました。娘と青年は許婚でした。
月が満ちるその夜、娘は神隠しに遭いました。
青年は娘を必死に探しましたが、見つかるはずもありません。本当は悪人が連れ去っただけなのですから。
それでも青年は愛しい娘の無事を信じ、今でも独り身のまま探し続けています。気丈にも涙は見せません。しかし、来る日も来る日も心は泣いています。
娘は悪人達に暴行されました。何故こんな目に遭うのか、何故自分だったのか、そして青年のことを思い出し、毎日泣いていました。
娘は悪人との間にできた悪魔とその贄を産んで死にました。勿体なく思った悪人は、娘を人形にして保管します。
贄は娘が好きです。悪魔も娘が好きです。
でも、悪魔は贄も好きでした。だから娘を燃やしました。悪魔は全てを燃やします。
燃やしたら、みんな灰になってしまいます。
そうすれば――』

弟の絵本は最後のページで途切れていた。
挿絵には、黒い影のようなもの――悪魔が人間達を火あぶりにする様子が、血ほどに赤いクレヨンで描き殴られていた。
とても子供が書いたとは思えない残酷な絵本を眺め、弟の世話係達は、結末を知りたがる。
「まだ書かない。それはこれから実行するんだ」
世話係達は完成が楽しみだと言った。
弟の物語が完結するのは、近い未来。

『そうすれば――世界に絶望が訪れます。そんな醜い世界で、俺は笑っていました』

*

童話調のお話が書きたくて。どんな絵描くんだろう…ガクブル。
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闇金融。表の金融機関ではどうしようもなくなったいわゆる“負け組”が藁にも縋る思いで再起を計ろうと金を借りに来る場所。
だが、その金を違法な高金利で貸し付け、やがて最後の一滴まで搾り取る彼らの仕事を、人はそう呼ぶ。
繁華街にあると言う割にはあまり目立たない、都内の雑居ビル。
義之はそのワンフロアにある事務所にいた。
「ちぇっ…ったく、生きにくい世の中になったもんだな…」
キャスター付きの椅子に座り、くるくると回りながら、事務所の小さなテレビから流れてくる暗いニュースに義之は不満を零す。
そんな自堕落な姿を見て、最奥のデスクで資料に目を通していた男が、ムッと眉間に皺を寄せる。
「愚痴る暇があるならとっとと仕事しろ。お前の担当の会社員はどうなったんだ?」
厳つい顔面の、見るからにそれらしい男。
彼も義之と同じヤクザで、血の繋がった兄であった。名前は和之と言う。
和之は長男であり、その間には、母がオーナーとして君臨するホストクラブで店長を務める次男の浩之がいる。
デスクに居ないところを見ると、今は仮眠室で休んでいるのだろう。
この会社は柳兄弟が筆頭になって経営し、バックに龍真組がいるのを良いことに更に下の闇金業者をも統括していた。
もっとも、その強大な組織…蓮見・柳の家の名を越えて絶対服従の意を見せる男がいることは兄達も知らない。
紅い館を仕切るその男の冷たい眼光だけは、恐れ知らずな義之が唯一、未だ恐怖で四六時中忘れられないものである。
義之は暇そうにデスクの上に両脚を放り出す。
「それがよォ、ギャンブルで金増やそうっつう典型的なクズ。一円も回収できずに自殺されるよりはとっとと労働させた方が良いと思うんだけどよ…」
「時期尚早だ。かき集められるだけかき集めさせてからでも問題ないだろ。ま、死にそうになったらその時はお前に任せる」
和之は資料から目を逸らすことなく、淡々と言った。
兄二人は大学を出ているが義之だけは高校もあまり行かなかったようなもので、実質的には中学を卒業した頃から家業を率先して手伝っている。
キャリアで言えば兄弟の中でも群を抜いているのだが…あいにくこの三男、些細なことで感情的になりやすく頭が回らない、要するに…馬鹿だったのだ。
「簡単に言いやがって…実際に汚れ仕事してんのはオレなんだぜ?現場を知ってる者の言うこと聞いて悪いこたぁねぇと思うがな?あ?」
「…気持ちは解るが、闇金もヤクザも、日に日に厳しくなってんだ。俺はお前に、少しは自分の立場を弁えろと…」
「知るか!要はパクられなきゃ良いんだろうが!大体、カズ兄のやり方はいつも生温ィんだよ。オレだったらなぁ…!」
義之一人がぎゃあぎゃあと騒ぎながら口論していると、浩之が起きてしまったらしい。
眠い目を擦りながらデスクへやって来る。
「なに揉めてんの…ふわぁ…こちとら徹夜明けだってのに…」
「この馬鹿が勝手に喚いてるだけだ、すまん」
「馬鹿言うなバーカ!ヒロ兄も毎日毎日、汚いババア喜ばせて何が楽しいんだ?ホストと家とどっちが大事なんだよ」
「ん~…ホスト?」
なんとも楽観的な浩之の言葉に、義之はがっくりと肩を落とす。
浩之は凝った肩を片手で揉みほぐしながら、面倒そうに言う。
「義之なんて放っておいて平気だよ。将来的にうちはカズが継ぐだろ?今のところあんたが最有力だし」
「あんまり俺を頼るな…。この先、何があるかまだわからないだろうが」
「そーそー。カズ兄がぽっくり死んでオレが継ぐことになるかもしれねぇだろ」
「縁起でもないこと言うんじゃねえよ!」
「恭一坊ちゃんに何と報告したものか…ってやつだね。ぷぷっ」
義之の戯言に和之がキレ、そんな二人を近くで眺める浩之。これが柳兄弟の日常だった。
その時、義之の携帯が場違いとも言える壮大な音楽を奏で始めた。
有名なSF映画の悪役のBGMを着信音にしており、それだけで義之には誰からの着信かが解った。
ディスプレイに表示された“桐島さん”の文字を一睨みすると、義之はわざと大袈裟な態度で電話に出る。
「は、はいはーい!ああ、今っすか?大丈夫っす、全然暇っす!!」
「おい、そんなに暇なら仕事し…」
和之の小言も聞かず、電話に耳を傾ける。
修介の用件は、すぐに館へ来いという内容だった。しかもそれは、義之が好み、集中出来そうな仕事であった。
最初こそ拒絶していたことなどとうに忘れた義之は、満面の笑みで正に理想の上司だ…と痛感していた。
「はい、今から行きます!!ありがとうございます!!」
電話を切ると、早速鼻歌交じりに身なりを整え始める。
「…ったく、誰からの電話だ?随分嬉しそうだな」
「あ、わかった彼氏?」
「へっ、テメェら負け犬には教えてやんねー。いや、ちげーな、負け猫か?にゃんにゃん。ブハハッ」
真顔で手元の資料を落とす和之と、へらへらとした笑みを凍りつかせる浩之。
二人の兄に追いかけられる前に、義之は上機嫌で事務所を出て行った。
それはまだ俺がクラブでバーテンをやっていた頃の話。
「なんだか騒がしいな…」
「あの酔っ払い、最近よく来ますね…ったく迷惑な奴らめ」
蓮見が呆れながら顎で示す先には、数人の舎弟を引き連れて他の客に難癖をつけるヤクザ風の男の姿があった。
今までにもそういう輩の姿を見たことはあるが、まずこの店自体が違法なことから、表沙汰になって困るのはこちらだ。
それを知ってわざと暴れる客もいる。だが、未だ摘発されていないのが現状だ。
龍真組の息がかかっていることを除くと、騒ぎにならない決定的な理由がそこにはある。
「…クズだな」
「柳に始末させましょうか」
「いや、俺が出る。店長も飽き飽きしててさ。今度あいつらが来たら俺の好きにしていいって言われてるんだ」
蓮見は俺の返事を聞くと、店の外で見張り役をする柳に連絡をとった。
すぐさま相手を視界に捉え、背後に回った柳と目で合図を送り、二人掛かりで酔っ払い達を静かな個室へ連れ出す。
俺はそれを見届けると、店長に許可をとってカウンターを後にした。

一足遅れて部屋に入ると、呆気なく床に伏した舎弟達を、柳が不機嫌そうな目で睨んでいた。
「お、お前らこんな真似してただで済むと思うなよ…あの龍真組直系、長澤組に喧嘩売ってんだぞ!」
男は言いながら、震える手で胸のバッチを突き出した。
一瞬目を見開いた柳だったが、どうやら怒りを通り越して呆れ果ててしまったようだ。
力が抜けたように首を振ると、口角をつり上げる。
「一見それっぽいけど全然違ぇよ」
「……へっ?」
「長澤組は直参の中でも穏健派だ。俺も随分と世話になっているが…お前らのような馬鹿は見たことも聞いたこともない」
何とも間抜けな顔になった男に、蓮見が冷静に言う。
こうなっては、さすがに男の酒気は抜けているだろう。
だが、長澤組に属しているらしいにも関わらず蓮見らのことを知らないというのはあまりにも不自然に思えた。
長澤組長は龍真組内でも若頭を務めるNo.2の大幹部で、蓮見の祖父とは兄弟分、親戚団体なのだ。
それの構成員ともあろう者が、いくら酒の勢いとは言えこのような裏切り行為を働くことなどありえない話だ。
あわあわと口を開閉する男の側ににじり寄っていく。
すると、男は情けなく俺達を見上げて叫んだ。
「ち、違うっ。俺らは堅気だっ!これ…試しに造ってみたのを見せたらどいつもこいつも震え上がるもんだから…ほ、ほんの出来心だったんです!」
やはり偽造か。そんなものを使って今まで調子に乗ってきたのだと思うと、頭の中がどす黒い感情に支配されていく。
「ハッ、堅気だって?マジありえねーわ。オレらも舐められたモンだな」
柳が足元の舎弟の手を踏みにじりながら肩を竦める。
「…俺は今、虫の居所が悪いんだ。もう店に来ないって約束するなら、これくらいで許してやる。だが…暴れるようなら」
「う、うるせぇっ!そ、そうだ…こんな真似してただじゃ済まねえのはお前らの方だ!今すぐ警察に…!」
恐怖が勝ったか、男は負けじと上擦った声で吐き捨てる。
俺は宙を眺めると、深いため息を吐いた。
「人の話は最後まで聞けって習わなかったか?…暴れるようなら…死ぬ覚悟をしておけ、って言いたかったんだよ」
普段より低い凄みのある声で言いながら、男の胸倉を引き寄せ、渾身の力で膝蹴りをくらわせる。
倒れ込んだ男を見下ろし、試しに脇腹を踏み付けてみた。
弱々しく、されどまだ抵抗する元気はあるようで、男は俺を押し戻そうと両手で靴を掴む。
その仕草がムカついて、男に馬乗りになる。男の片腕を捩り上げ、そして…硬いものが折れ曲がる不気味な音が響いた。
「あーあ。骨逝ったな。可哀相に」
「鷲尾さんを怒らせるから悪いんだろうが。ギャハハッ」
全く同情していない風な蓮見の横で、柳は腹を抱えて笑う。
男の絶叫がなければ、まるでバラエティー番組でも見ているかのような反応だ。
男の片腕はありえない方向に曲がり、一般人に比べれば多少は厳つく見える顔も、俺への恐怖に染まっていた。
本当はこんなにも弱い癖に、連日の強気な態度はなんだったんだ?集団行動でしか自らを主張できず、強い者の蜜を啜り、立場の弱い者を嬲る。まるで子供のすることじゃないか。
顔をめがけて拳を振り下ろすとガツッと鈍い音がして、男の鼻から赤い粘液が零れる。それは、俺の手にも付いていた。
…血だ。気付いた途端、脳裏に蘇る。
大量の血液に塗れ、肉塊と化した両親の遺体――あの日、あの時、それを目にした瞬間から、俺の何か大切なものが壊れてしまった。
頭から追い出すように更に一発、二発、三発…立て続けに男を殴った。
殴り続ける内に、もうこれが一体何発目なのかも曖昧になってきた。
無心で腕だけを動かす俺の肩を、不意に二人が抑え付ける。
「邪魔するなっ!!」
「ちょっ…どうしちまったんだよ鷲尾さん!今日やり過ぎじゃないっすか!もう放っておいたって死ぬって!!」
「柳の言う通りです。こんな雑魚に、貴方が手を汚す必要はない…!」
大の男二人掛かりで羽交い締めにされ、無理矢理引き剥がされる。
既に虫の息である血まみれの男を目にして、尚も俺は叫ぶ。
「離せ!!こういう奴はっ、野放しにしちゃいけないんだ!クズが…!クズがいるから世の中が悪くなるっ!!だから、父さんと母さんも…」
「鷲尾!!」
蓮見の怒声と共に、腹に鉄拳が飛んできた。
身体を抑え付けられた状態では避けられるはずもなく、その拳をモロにくらってしまう。
俺は咳込みながら反射的に蓮見を睨んだが、物怖じしない蓮見の態度に、それから殴られた痛みも相俟って、興奮が冷めてきた。
そうして、自分がいつの間にか我を忘れていたことに気付いた。
二人は何も答えない。それでも、やるせない感情を胸に抱いていることはわかった。
俺は焦れている。
両親の事件の時効が近いにも関わらず、未だ決定的な情報はなく、犯人像すら掴めていない。
そんな中で、唯一渇きを満たせる時間。「制裁」という名の暴力行為に及ぶことが趣味と化していた。
「…そいつ…どうするんだ」
静かに二人に見やると、俺と目が合った柳が身体を緊張させた。
「あ…はい、こっちで処理しておきますよ。安心して下さい、鷲尾さんに迷惑はかけないようにしますから」
「そう」
俺の素っ気ない返事にもう暴れる気がないと悟るや否や、柳は普段の砕けた笑い方をするが、声は上擦っていた。
蓮見も、申し訳なさそうに俺の顔色を伺ってくる。
「あの…すみませんでした。咄嗟のこととはいえ…鷲尾さん、大丈夫ですか」
「ああ……」
「…荒っぽい真似しか出来なくて申し訳ないです」
ため息まじりに笑いながら、蓮見は頭を掻く。
ただ一言、ごめんと。こんな俺を見捨てないでくれてありがとうと、言えない自分に無性に腹が立つ。
(…本当のクズは俺の方だ…)
そんな本音は、声に出すことなく消えた。
朝。学園の教室棟では、しきりに「誕生日おめでとう」という言葉が飛び交っていた。
「おう、ありがとー。ホントありがとうな」
温かい祝福にはにかみながら、西條隼人はひらひらと手をふる。
今日は隼人の生まれた日であった。学年関係なく交友のある隼人には、そんな風に祝ってくれる友人も女子のファンも多い。
そうして自身の幸せを噛み締めながら廊下を歩いていると、特に今日だけは、最も会いたくなかった人物が視界に入る。
「…フン、良いご身分だな」
すれ違いざまに、小さな声だったが確かにそう聞こえた。
「誕生日くらい良いじゃないか!嫌味男!」
咄嗟にそう返してみても嫌味の塊のような彼、幼なじみである如月司はこちらを振り返りもせず立ち去ってしまう。
…やっぱり司は苦手だ。人を偏見だけで判断してはいけないと解っている隼人だが、何故だか司とは幼い頃から気が合わない。それ以前に、仲良くしたいという気持ちが湧かないのだ。
多分、これが生理的に無理というやつなのだろう。
そりゃあ幼なじみなんだから誕生日くらいは互いに知っているとはいえ、わざわざ嫌味を言わなくたって。
お祭り気分が総崩れしていくのを感じながら、深いため息を吐いた。

「…平井さん。えっと…どうも」
校門前で紳士的な男に呼び止められたのは、その日の放課後だった。
平井は司の送迎をしている専属運転手であり、司が実の両親よりも信頼していそうなイメージを持っている。
笑顔で会釈をする平井に、隼人も慌てて頭を下げる。
「司様はもうしばらく掛かりそうですか?」
「んー…確か生徒会の会議とかで…遅くなると思いますよ」
司のことなんかオレに聞くなって!と内心いらつく隼人に、平井は真面目そうな顔をくしゃっと歪めて微笑む。
「そうですか…。それより隼人様、今日がお誕生日だそうで。おめでとうございます」
「…はぁ。ありがとうございます」
「あのう、これ…司様には黙っていろと言われたのですが…司様からのプレゼントです」
「ありが…えっ!司から!?」
差し出された紙袋を受け取りながら、隼人は思わず声高らかに叫んだ。
まさか犬猿の仲である彼が自分の為に贈り物を用意するなんて、天地がひっくり返ってもありえないとだと思い込んでいたからである。
いやでも、オレがぬか喜びする姿が見たいのかもしれない。あいつはそういう奴だ。
顔を引きつらせながら恐る恐る紙袋の中に手を突っ込み、中身を出してみる。
「……ラケット?」
「はい。隼人様が、本格的にテニスを習いたいとご友人に話していたからだと聞きましたが」
他にも有名ブランドのウェアやシューズ、ボールなど、アイテム一式が詰められていた。
確かにそんな話をしていたことはあるし、授業で経験してから趣味でも習いたいと思うようになったスポーツでもあったが…それを気に掛けていてくれたとは。
驚きの連続に混乱寸前の隼人に対し、平井はこう言った。
「きっと、自分と対等な立場で手合わせして欲しい…という司様のお気持ちでしょうね。スポーツは勝ち負けだけでありませんから。いやはや、なかなか感情の伝え方が下手な司様ですが…これからも宜しくお願い致しますね」
深々と頭を下げられた。
どんな反応をしていいのかわからず困っていると、再び隼人の視界に、話の張本人が入る。
「…っ!!平井!!」
その場の状況を察し、今にも平井の胸倉を掴みそうな司。申し訳なさそうに笑う平井。
「まあ、なんだ、その…ありがとうな」
平井を押しのけ、早々に車へ駆け込もうとしていた司の足が止まる。
「……勘違いするな。ただの借しだ。何かあった時には働いてもらうからな」
相変わらずのぶっきらぼうではあったものの、隼人には司の悪意は感じられなかった。
苦笑しながら一言謝って、平井も司の後に続いて車へ乗り込んだ。
隼人は一人、紙袋を持ってその場に残される。
「ああ、もう、司に借り作るとかありえねー…こわっ!」
去って行く車を見つめて悪態をつく隼人だったが、不思議とその表情は穏やかだった。
爽やかな風の吹く5月。
体格よりも少しだけ大きな制服に身を包み、如月司はその日も校内へと足を踏み入れる。
背後から女子生徒の黄色い悲鳴が聞こえ、司にはそれだけで誰が登校してきたのか想像がついた。
誰がそう呼び出したのかは知らないが、その彼は女子の間で「王子様」と呼ばれている。しかし気品溢れる彼は、司にとって確かに心の底から尊敬できる人間であった。
無愛想な顔を少しだけ明るませて、振り返る。
「先輩、おはようございます」
「ああ、おはよ!」
彼――霧島飛燕は小走りで近付いて来て、司の軽く肩を叩いた。
「司、高等科はもう慣れたか?」
「ええ、まあ…」
そんなことを話しながら、二人は教室棟へと歩を進める。
飛燕とは、最初は親同士の付き合いで顔を合わせるだけの関係であった。
二学年の差があることもあり、普通はそこまで仲良くはならないものだろう。
しかし二人を繋げたのは音楽だった。司にとっては半強制的に習わされていた面白みのないものだったが、飛燕のおかげでそれを楽しいと思えるようになったのだ。
司でも解らない勉強を丁寧に根気強く教えてくれるし、そのおかげで成績が伸びていることを感じてさえいる。
それほどに飛燕は、影響力のある人なのだ。
もちろん誰しも愚痴を言いたくなったり、落ち込んだりすることはある。それでも飛燕は真っ先に自分より他人を気遣う人間だ。
何故この人はこんなにも希望に満ち溢れた素晴らしい人なのだろう、と司はいつも思う。
「…先輩」
「なに?」
「…僕も、先輩みたいになれますか…?」
ふと、司はずっと募らせていた疑問を投げ掛けた。
飛燕は少しだけ驚いたようで、「そうだな…」と呟きながら宙を仰ぐ。
「司は、勉強さえできれば全てが上手くいくと思っているか?」
そう聞かれるとは意外だった。しかし、司は首を横に振った。
「それが解ってるなら大丈夫だ。俺がいなくても司は司らしくあることができるよ」
「…寂しいことを言わないで下さい。いくらあと一年だからって、先輩とは大学でも…」
「…あ、あのさ、司」
司の言葉を、言いにくそうに、声量を上げた飛燕が遮った。
力強い意志が込められた瞳が、司をじっと見つめている。
「俺…卒業したら、渡米することに決めたんだ。向こうの大学へ行って、一から音楽を学ぶ。そして気持ちの整理がついたら、また戻ってくるから…」
「な…先輩なら、今でも充分に実力があります。だから、日本でだって…」
「…司…」
切なそうに、飛燕は名前を呼ぶ。
呆れか、落胆か。それとも自身の気持ちを解ってもらえない歯痒さか。どれも合っているだろう。
「…っ、す、すみません…」
「…ううん。こっちこそ…変な話してごめんな」
慌てて謝罪すると、飛燕は「気にすんなよ」と言いながらまた普段の穏やかな笑みを浮かべる。
しかし、その顔にはどこと無く憂いも浮かんでいた。
そんなのは嫌だとは。
貴方がいない日々は寂しいとは、今までに見たことのないような苦い表情をした飛燕を目の前では、とても言えなかった。

――それから二年。
飛燕も無事卒業し、学園の三年生となった司は、もうすっかり身に馴染んだ制服で、校門前の並木道を歩く。
飛燕とは今でも時々メールや手紙は貰うが、やはり海外での生活は充実しつつも何かと忙しいらしい。
司自身も生徒会長として、そして両親の為と必死に勉学に励む目まぐるしい日々の中で、二人はだんだんと疎遠になっていた。
(…先輩なら向こうでもきっと上手くやっていけている。…それなら私も私なりに、自分の道を歩むだけだ)
例えその道が曲がりくねっていようと。
「おや、如月君。おはよう」
「…学園長先生、おはようございます」
例え他者から仕掛けられた奈落が待っていようと。
自らの義を信じて生きる為には、ひたすらに進むしかないのだ。
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