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「…まさかこんな事で釣られるなんて…」
「いや、気にしないでよ。どんな形であれ、智光くんが更正してくれれば、明王院さんにとってはありがたいと思うから」
週末、俺は千裕と明王院家に向かっていた。
学校の傍が金持ちが集まるセレブ街だという事は知っていたが、こんなにも近くだとは思わなかった。普段は滅多に近付かないルートだから、気にすることもなかったが。
「でもさ、歳が近い奴って…お前じゃ駄目なの?何回か会った事あるんだろ?」
「まぁ、そうなんだけど…僕には合わなさそうだったから…」
「何それ、性格が合わなさそうだったから俺に押し付けた、ってこと?」
「あはは、違うよ。頼もしい敦だからだって」
なんて、談笑してるうちに目的地に着いた。
「うわっ…すげー…」
想像はしていたが、テレビで見るような豪邸を目の前にして、自然と声が出てしまった。
豪邸の前には巨大な漆黒の門があって、その向こうにはこれまた壮大な庭が広がっている。
ついつい見とれて、俺は生唾を飲み込んだ。
「さてと、こっちだよ」
「え?」
でっかい正面門から入るのだと思いきや、草花が生い茂った、家のちょうど裏側に案内される。
普通にインターホンがあって、ポストがあって、派手な装飾もない玄関。見た目はすごく地味だ。
見ただけではわからないほどには金が掛かっているのかもしれないが、俺の家と変わらないように思う。
「あ、れ…意外と庶民的?」
「あの正面門がいちいち開いてたら目立つでしょ?普段はこっちから出入りするんだ」
この豪邸を見ても驚きもしない千裕を見て、彼がセレブだったことを思い出す。
千裕の実家は、テレビでも見ることのある華道家である。その関係で、明王院さんとは親同士が仲が良いらしい。まあ、確かにそうでもなければこんな機会は一生に一度あるかどうかだろうな。
千裕が合鍵を使って中に入ると、俺もお邪魔しますと声に出しながら続く。
明王院家の内部は、家具が少なく片付いていて、あまり生活感がなかった。でも、所々に飾ってある置物やら絵画やらは、素人目から見ても価値のあるものなんだろうなと思う。
そして、三階にある部屋の前で千裕は足を止めた。
「智光くん?僕だけど、例の人を連れて来たから…入るよ?」
やっべ、緊張してきた。胸に手を当て、深呼吸し、自分なりの満面の笑みを作る。
そして、ドアが開けられるのと同じタイミングで、声をかけた。
「ど、どうもこんにちっ…………は」
こうも間が空いてしまったのは噛んでしまったからではない。いや、ちょっとそれもあるけど。
視界に飛び込んで来たものが、信じられなかったからだ。
「……何だよ?」
そういう彼は、仏頂面で愛想なんてあったもんじゃない。ゲームをやっていたのだろうか、コントローラーを手に、不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
「…っ、ああ、智光くん、この人が君に話した…」
「お、織田敦です。よろしく、智光…くん?」
苦笑いで話を降る千裕に続き、挨拶をする。
そんな俺を見て、彼はふぅんと鼻で笑うと、視点をテレビに戻してゲームを再開し始めた。
鼻で笑われた…というか、とりあえずそのゲームを止めろ!俺、一応は目上の人なんですけど…!?
「ち、ちょっと、智光くん…挨拶くらいはしよう?ねっ?」
さすがの千裕も少し慌てて、注意した。すると、ゲームを続ける手はそのままに、面倒臭そうに答える。
「明王院智光です。ま、短い間でしょうがよろしくお願いしますね、織田さん」
む、ムカつく…!!
敬語を使ってるのは良いけど…短い間、って何だよ!?早々に俺を追い出すつもりか!?
ちらりと千裕の方を見ると、小さな声でゴメンと言われた。
『僕には合わなさそうだったから…』
(俺も合わなさそうなんだけど…!!)
千裕に言われた事の意味を理解し、泣きたくなった。

「えーっと…あのさ、智光くん。何かして欲しいこととか無いの?遠慮しなくて良いんだぞ?」
「…別に。ホントにねぇから」
あれから30分。千裕は逃げるように帰り、俺は部屋にこの智光くんと二人きり。
当の本人と言えば、さっきからゲームを黙々とやってるし、こちらが何か喋れば簡潔に、かつイラッと来る答えを返される。実に居心地が悪い。
「そ、そうは言っても…。ほら、俺、今日からここに住む訳だし…」
実はこの件は、住み込みというのが条件だった。
明王院さんは、今は仕事が忙しく海外にいる。当然、明王院さんは智光くんも連れて行くつもりで…でも、肝心の本人はそれを断ったそうだ。
この歳で、それも引きこもりがちな子が海外暮らしなんて少し無理があるよな。俺だって、急に海外へ行くからついて来いなんて言われたら、日本に残る方を選ぶかもしれない。
けど、このでかい家にたった一人で住むというのはある意味、突然の海外生活と同じくらい無謀なんじゃないか?
金銭には困っていないから、防犯や家政婦などの態勢は整えられているとはいえ、親にとって子はいついかなる時も心配で仕方ないものだ…という訳で、俺は智光くんのお守りをすることになっている。いわゆる、メンタルフレンドってやつだ。
豪邸にタダで住めるとあって、普通は断る奴なんて居ないだろう。え、それに釣られた俺が言っちゃ駄目?あ、そう。できたら人間らしい判断だと言ってくれたまえ。
「別に俺は、あんたに一緒に住んでくれなんて頼んだ覚えはねーよ?大丈夫、あんたのことは空気だと思うことにするから」
ああやばい。ムカつく。
決して短気な方では無いが、こうも目下の奴に冷たい態度をとられると笑っていられなくなる。
あれか?社長の一人息子イコール、傲慢。みたいな、性格の持ち主なんだろうか?もし本当にそうなのであればたまったもんじゃないな。
(大体、不登校児って言ったらなぁ…!)
学園ドラマで一人はいる生徒を思い浮かべ、目の前の奴と比べてみる。
あまりに違いすぎる…。 いや、でも外見だけで決め付けるのは良くないよな。辛い事があったから強気な態度を取っているのかもしれないし…。
「…な、智光くん。その…なんで学校行かなくなったんだ?楽しくなかったのか?もしかして、いじめとか…」
「うわ、すっげー直球」
せめて言い方考えろよとダメ出しされ、若干苛つきながらも、思わず謝ってしまった。
「何か勘違いしてるみてーだけど、俺はホントにそーいうんじゃないから。勉強もできる方だし」
「はは、見栄張っちゃって。そんなこと言って実際はどうせ中の上くらいじゃ」
「全国模試一位…」
「なっ……!?」
そういや、この辺の中学でそんな成績を取った奴がいる、なんて噂を聞いた事があった。
でも、こんな近くに居たなんて…それも、こいつがそうだなんて、俄かに信じられない。が、本当ならできる方なんてレベルじゃない、できすぎだろ!
「そ、そんなに言うならなんで…?」
「理由なんてねーよ。まあ学校生活がつまんなくて…?そんだけ」
…なにか、よっぽどの事情があるかと思ったけど、そういう訳じゃない…多分こいつは、元からこういう性格なんだと思った。と、改めて言うと余計に虚しくなる。
虚しくなりながら智光くんがゲームしてる姿をぼうっと見ていたら、日もすっかり暮れてしまった。

「腹減った」
ずっと無言でゲームをしていた智光くんが、ぼそりと呟いた。
「そ、そうだな。もうこんな時間だし…あ、家政婦さんに夕飯頼んで来ようか。何か食いたいものとかある?」
「家政婦?…あー…もういねぇんだわ。随分前に辞めてもらった」
なんだ、居ないならどうりでさっきから見かけないと思った。…って、いやいや、それってもしかして…本当に一人暮らしってことか?
な、なんて無茶をするんだこいつは…。セレブの考えることはわからん。と言うより、こいつの思考がわからん。
「じゃあ一応聞くけど、あんた料理とか出来る?」
「……え」
えーと……それはつまり、今は家政婦さんもいないから、俺が智光くんの食事を用意しなければならないと。
俺はありがたいことにいつも家に帰れば親が飯を作って待っていてくれているし、家に一人の時はインスタント食品で済ませてしまう。
自分で料理をする機会といえば、家庭科の調理実習くらいだ。
答えを出すならそう、できない。まったくできない。
「…どうせ、何にも出来ないのに報酬って言葉に釣られたんじゃねぇの?」
「そ、んな…事は……」
「ああ、いいって。言い訳なんか聞き苦しい」
「…………」
確かに目先のことに釣られてしまったことが今になって申し訳なくなってきた…。
けど、家政婦さんがいるから生活面は大丈夫だって、俺はただ智光くんの話し相手になるだけでいいって聞いてたから引き受けたのに。
というか、何でこうも心の中を読まれるんだ?こいつエスパー!?
「…腹減ったー…」
二度目の同じセリフは、多少の悪意が込められているように感じた。
あんたのせいでもっと減った、なんて声が聞こえてきそうな目つきで睨まれる。
「…よ、よし。それじゃあ俺…作るよ!見よう見真似でなんとか…」
「別にいい。外食にするから」
俺の提案を即座に否定したかと思うと、智光くんはやっていたゲームの電源を切り、身なりを整え始めた。
「何ボサッとしてんだ。あんたも行くだろ?」
「えっ…いや、でも…」
「…金の心配か?安心しろ、俺の奢りにすっから」
「そ、そうじゃなくて…」
ためらっていると、智光くんが溜息を吐いて言う。
「あんたが不慣れな料理をしたとして、それを俺に食わせられる保証があるか?」
「…や、やってみないとわからないだろ…意外と美味いかもしれないし」
「あんたも頑固だな。いいから、今日は俺に付き合え」
食い下がる俺に苛立ったのか、智光くんが舌打ちをする。結局、その日は半ば強引に同行する羽目になった。

「いらっしゃ…なんだ、智光と…ん?敦?」
「ひ、秀吉!?」
「…同じ高校とは聞いてたが、やっぱり知り合いか」
智光くんに連れて来られたのは、俺もよく知ってる秀吉、の実家の寿司屋だった。
「秀吉…こいつと知り合いなら、お前が立候補すれば良かったんじゃ…」
「そうも思ったが、俺はここを離れる訳にはいかないだろう」
秀吉は卒業したら寿司職人として働きたいらしく、俺達も店によく呼んでくれる。
修行という名目で試食をさせてくれるものだから、そういう意味での人望もあるものだとは思っていたが…。
「ふーん…じゃ、千裕の知り合いではあんたが一番適役だったって事か。千裕もロクな友達がいねぇのな。あ、俺いつもの頼む」
カウンターに座り、さっさと注文する智光くんを見て、更に凹んだ。
よりにもよって、あの秀吉とも繋がってるなんて…この毒舌コンビめ!と心の中で叫ぶものの、目の前の毒舌コンビは他愛もない話をしている。
「今日の鮪は良いものが入ったんだ」
「ん、ホントだ。っつーかお前、また腕を上げただろ、美味い」
「まだお前達くらいにしか出せないんだがな。そう言われると、俺も自信が付く」
(ちぇっ、俺の事なんて無視かよ…)
ダチの店に来てるのに、何だこの空気は…。そういう俺は板挟みが苦手なタイプの人間である。
こいつらの会話に無理に入るのもどうかと思い、一人寂しく出されたお茶をすする。
「で、どうだ?今度は長続きしそうか?」
「…さぁ。本人に聞いてみれば?」
「そうか、そうだな。どうなんだ?敦」
「えっ…な、何が?」
不意に話し掛けられ、ドキリとする。
「智光の件だ。もう辞めたいなんて思っていないだろうな?」
「そ、それは…」
違うと言えば嘘になる。
相手は思春期の人間だ、そんなに簡単にやってのけられるものじゃないってのは分かってるはずだった。
でも、正直こいつは話し合いでどうにかなる奴には思えない。
「…どうせ思ってるだろ。今までの奴らは、俺に勝手にムカついて、勝手に出てった。単に金目的の奴だってたくさんいたんだ。あんただって、俺みたいなのが一番苦手な口だろうし」
「おい、智光…」
「っ……」
何でかな。あいつにそう思われてる事が、いや、あいつが皆そうだと信じ切ってる事の方が、もっとムカついた。
「お、俺は…」
「何だよ」
「俺は…絶対、お前が更正するまで出て行かないからな」
何故そんな事を言ってしまったのか分からない。自分でも、言ってる事を理解するのに時間が掛かったくらいだ。
「へぇ。その強気がいつまで持つか楽しみだな」
「うっさい!俺はそいつらとは違うんだよ!今に見てろ!!」
それだけ吐き捨てると、残りの寿司を全て口に詰め込んだ。
「…後悔しても知らねーぞ?」
そう言う無表情だった智光くんの、いや、智光の口元が微かに緩んだのは見間違いだろうか…。
だが、その言葉に本当に後悔する事になるのは、また別の話だ。
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「…ふぅん。それで遅刻、ね」
週初めの早朝。とあるクラスで、担任の低い声音が響く。一人の男子生徒が遅刻をしたのだ。
「いや、あの…ホントすいませんでした」
「ま、いーや。朝っぱらから説教するのもたりぃしな。気をつけろよ」
「…はい…」
やっと自分の席に着き、ふぅ、と溜息を付く。
一見、どこにでも居るような男子高校生…織田敦は、今朝の事を思い出していた。
…何故、あんな事になってしまったんだろう。

偏差値は、正直そこそこ。自宅からの距離は電車で二駅ほど。
まあ自分の学力で入れる無難なところが良いかなぁと、軽い気持ちで受験した天能寺高校に入学して早二ヶ月。
だいぶ学校生活にも慣れた、という感じだろうか。今日もいつも通りに家を出て、電車に乗る。そこまでは良かった。
週初めの早朝ときたら、当然、通勤や通学のラッシュアワーが激しくて。
そんな事は十分すぎるほど知っていたが、今朝は週末の疲れも取れないままだった。
(しんどい…)
吊り革に捕まりながらふと考えてしまうのは、マイナス思考な事ばかり。
それに気を取られて、俺は押し寄せる大群に気付かなかった。
寸前の所で踏み止まったが、体勢を立て直そうとして、異変に気付く。
(か、鞄がっ…!?)
最初は恐る恐る、だんだん強めに引っ張っていっても挟まれた鞄は一向に抜けず、冷や汗が滲んでくる。
例えばこのまま、力のままに引っ張ってみる自分を想像しよう。天能寺高校指定の学生鞄は一般的に見られるボストンバッグ型で、普段は肩に下げている。持ち手をしっかりと握り、少々お行儀は悪いだろうがドアに足をつけて、体重をかけて思い切り…いや、それは怖い。怖いよ。
何せ鞄が挟まっているせいでドアには隙間ができ、風と騒音が電車のスピードをリアルに感じさせてくれる。
もしも走行中にドアが開いてしまったら?鞄が外に落ちてしまったら?そんな最悪のパターンも頭に過ぎりさえする。
焦れば焦るほど上手くはいかないもので、ドアと格闘している内に降車駅に着いてしまった。
見事に俺とは反対側のドアが開き、また大勢の人が出入りする。
周りから聞こえた、哀れんでいるのかうけているのか、両方っぽい笑い声。
再びゆっくりと動き出した景色を眺め、無様に挟まれながら思った。
…何ともまあ適当に入学してしまったけど、俺、本当にこのままで良いんだろうか…?

「ホントしんどい…」
今朝のハプニングを一通り思い出すと、俺は自分の机にへばり付くようにして、何度も呟いた。
あの後はドアが開いた駅で降り、そこから戻って学校に向かった。結局一限目には間に合わず、担任から少しばかりの注意を受けたのが今。
今日はこの後の授業も投げ出して寝てしまおうか。そう考えただけであくびが出る。
「あっちゃん、おはよう」
ふいに聞き慣れた声がして、薄目を開ける。
「あー…千裕か。おはよ…」
そこには、同じクラスの徳峰千裕がいた。
敦だから、彼にはあっちゃんなんて呼ばれている。男なのにちゃん付けは少し照れ臭かったりもするが、昔からのあだ名だからあまり気にしてはいない。
というか、正直に言えば千裕の方が小柄だし、顔も声も振る舞いも、男には見えない。実際、よく女に間違われている。
本人はかなり気にしているようだから、俺は言わないけれど。
彼なら今朝のことを愚痴っても同情してくれると思い、嬉々として顔を上げる。
だが次の瞬間、俺の表情は曇った。
「今朝は散々だったな。そんなバカみたいな出来事に遭遇するのは漫画だけかと思っていたぞ」
眼鏡で鉢巻きをした、同い年にしては大柄の男子生徒、貴臣秀吉が俺と千裕の前に仁王立ちしていた。
「ば、バカ言うな。ほんとどうなることかと思って焦ったんだからな!」
ムッとして言い返しても秀吉は無表情のままだ。
言動に遠慮がない秀吉は、周りには空気が読めない奴だと思われているだろう。
思考は電波気味ではあるけど、決して悪い奴ではないとだけ言っておこう。彼の名誉のために。
まあなんだかんだ言っても、秀吉と千裕の二人は今のところここ天能寺高校で唯一、俺の友達って呼べる人物である。
……とはわかっているものの。
「やっぱ秀吉の態度は凹むってもう!優しい言葉の一つや二つ掛けてくれたって良いだろぉ!?」
「うむ、本当に大変だったな。電車のドアに鞄を挟んでしまって…フッ…大変……ブフフッ」
「わーらーうーなー!」
人の赤っ恥体験に吹き出しまくる秀吉はやっぱり意地が悪いと思うんだよな、うん。
やり場もなく震える俺を、千裕が苦笑しながら宥める。
「ま、まあまあ、元気出してよ。今日はあっちゃんの為に、良いお仕事を持って来たんだよ?」
お仕事…?俺と、秀吉も内容が気になるのか、二人して首を傾げる。
「うん。僕の知り合いに明王院さんって人がいるって話はしたよね?」
「あー、あの凄い金持ちのだっけ…」
「実は、その人がさ…」
千裕の話をまとめるとこうだ。
明王院さん、ってのは最近海外進出も果たしたっていう有名なIT会社の美人女社長なんだけど、その一人息子が中学三年生にして不登校らしい。
で、その息子さんを更正させて欲しいってのが社長の願いな訳で…。
「ち、ちょっと待てよ。そんな大役…俺で良いの?普通はほら…カウンセラーっつーの?あーいう人に任せた方が…」
「まぁ、そうなんだけどさ。人見知りが激しい子だし…気軽に話せるような、年が近い人が良いだろうって」
確かに社長の一人息子がそんな状態なんて、あまり表沙汰に出来たものではないだろう。
訳あり、という奴か…。千裕の話を聞きながら、なんとなくどんな子なのか気になって来る。
「あ、ちゃんと面倒を見てくれた時間の報酬は出すそうだから。バイトみたいな気分で…」
「やらせて頂きます!!」
千裕の話を最後まで聞かないまま、口が勝手に動いていた。
ナントカだから。
って、よく使うんだよな、俺。
雨だから落ち込むとか。智光じゃないけど、冬だから外に出たくないとか。
で、今は春だからってのを多用してる。
朝も少し肌寒くはあるが、心地いい風はとても過ごしやすくて。
洗濯物はよく乾くし、特に用もないのになんだか外に出たくなる陽気で。
だからなのか、いつもは石のように家に閉じこもって動かない智光も、どこか落ち着かない様子だった。
「えっ、お前、どこか行くのか?」
「……悪いかよ」
「い、いや!悪くない!ただ、珍しいなと思っただけ」
眉に皺を寄せられて、咄嗟に弁解した。
これが春以外の季節だったなら、そのまま不機嫌になって、その日は口も利いてもらえないってことになってただろう。
でも春だから、智光はクスッと笑って、自分の外出先を教えてくれる。
「花見?言ってくれれば、準備もあっただろうに……」
「…すっかり忘れてたんだよ…。こんなことなら、徹夜でゲームやらなきゃ良かったぜ」
「いや、花見が無くてもやらない方がいいって。身体に悪いだろ」
「折角の花見なんだ。説教は後にしてくれよ」
今日こそは注意してやろうと思ったのに何故だか納得させられてしまって…結局俺たちは今、花見会場に来ている。
「よー」
「遅いぞ。これ以上待っても来ないなら、俺たちだけで先に始めようかと思ったほどだ」
「悪い悪い。でも来たから良いじゃねぇか」
いつもの調子で軽く言った智光は、今にもキレそうな秀吉に胸倉を掴まれていた。
「うわぁー…ここ、すごくいい場所だな」
すると、千裕が「秀吉が早朝から睨み効かせて陣取ってた……」って耳打ちしてくれた。
確かに秀吉ならやりそう…というか、正にその光景が目に浮かんで、思わず笑う。
でもその直後、「特等席を取ってやった俺に感謝しろ」と何故か叩かれた。
……こういうの、八つ当たりって言うんじゃないか?
そして、全員がシートに腰を下ろしたら、早速乾杯タイムだ。
と言っても、秀吉が持って来てくれた水筒の桜茶を紙コップに注いだだけなんだけど。
でもなんか、こういうのって良いよな。気分はまるで小学生の遠足だ。
「じゃ、乾杯」
「かんぱーーーい」
智光の合図で、桜茶を啜る。
そして、千裕が持って来た人数分(俺は自分の買って来たけど…)の重箱を開ける。
おにぎりだの、出し巻き卵だの、個々に好きなものを頬張った。
「それにしても、綺麗だなぁ……」
桜の雨って、このことかな。風が吹く度、ほのかな甘い香りが漂ってくる。
そんな中で、俺は友人たちと共に花見をしている。
実に平和だ。平和すぎて、拍子抜けしてしまうくらい。
「……ちょっと、膝貸して」
「え?うん、良いけど」
智光が頭を乗せてきた。
盛大な欠伸をして、ゆっくり目を閉じる。
「こいつ……寝たな……」
「ホントだ。寝ちゃったね」
「そういえば、今日はまた徹夜したって言ってたからさ……仕方ないか」
ん?
当たり前のように会話をしているが、何か、おかしい。
膝の上で規則正しい呼吸をする智光の顔をまじまじと見下ろした。
みるみるうちに、顔が真っ赤になる。
「な、ななっ…なんで平然と膝枕してんだよっ!?」
「おい、あまり騒ぐな。起きるぞ」
「あ、ご、ごめん……って、俺が謝る必要皆無!」
ついつい謝る癖が出来てしまった自分に突っ込む。
「智光くんっていつも大人びてるところがあるけど…。寝顔、やっぱり…歳相応、だよね」
千裕が、聖母のように優しげに智光を見つめる。言われて、俺も智光の顔を覗き込んだ。
いつも寄っている眉の皺は伸びていて、すごく気持ちよさそうな表情をしてる。
智光はいつも自然体だけど、確かに無防備なところは珍しい。
たかが一つ。されど一つ。……年下、なんだなって改めて思った。
はらりと栗色の髪に落ちた一片の桜を払いながら、その髪を梳くように撫でた。
なんか……可愛いなぁ、こいつ。
これ、言ったら怒られるかなぁ。怒られるだろうなぁ。でも。
「春だから……」
笑って「バッカじゃねーのか、あんた」って言ってくれることを願うよ。

 *

花見の季節に書いたもの。ぽかぽか陽気は癒されますね…!
そそれは、何の変哲もない、放課後に突如として起こった事件。
「ともちゃーんたーすけてー」
「うわっ、ぷ」
それはもう、酷い棒読み具合の担任、相川が智光に飛びついた。
「助けて」などとぬかす割には、その手は智光の髪をぐしゃぐしゃとかき回して遊んでいる。
これが、仮にも助けを求める者のすることだろうか。
ぴくりと片眉を上げて、眉間に皺が寄ったまま、智光は問う。
「何があったんすか、先生」
ずり落ちそうになっていた黒縁の眼鏡を上げてから、相川は無表情で、逆に問うてくる。
「貴臣くんにキレられました。さて、どうしたら良いでしょうか」
「知らねーよ…つーか、あいつがキレるって、ほんと何したんすか」
「なんだ、その…。この前借りたゲームのセーブデータ上書きしちまってよ……」
「土下座だな」
「いや、ほら、俺、これでも教師だからさ。確かに俺が悪かったけど、生徒にそれは」
「土下座だな」
相川が言い終わるのを待たずに、2回目を言った。
1回目より、「土下座」の部分を強調して。
相川の言いたいことはもちろんわかる。自分が悪いとは言え、教師が生徒に土下座など、あるまじきことだ。
どうしても、どうしてもそれをしなければ収まらないとでもいうのなら、それも一つの策かもしれない。
だが、平和的な解決が出来るのなら、それ以上望むことはない。
もしも自分が相川の立場だったらと考えれば、それは尚更だ。
「俺も一緒に謝ってやるから。大人しく出頭しますか。ほら、あいつマジで鬼だから」
「おう……」
苦い顔をして腕を組む相川の肩を叩き、促した。
相川は着ていたジャージの上着を頭にかぶり、ニュースでよくある光景の真似をしながら、教室を出る。
しばらく探しても見つからなかった為、こうなればあそこしかないと部室に向かった。
仁王像か、お前は。そんなツッコミを心の中でしてしまうくらい、威厳のある物体、もとい秀吉が部屋の真ん中で、パイプ椅子に座っていた。
仁王像。じゃない、秀吉の鋭い双眸で睨まれ、背中が真っ直ぐになる。
「何の用だ……」
地を這うような声に、ぞくりと鳥肌が立つ。
この世に「だいまおう」が存在するのなら、きっとこいつだな。
しかも、最強装備の勇者パーティーを1ターン目でぜんめつさせてしまうような。
だが意外にも、そんな謎の威圧感を醸し出しているというのに、秀吉の体勢は、燃え尽きたボクサーのようだった。
魂が抜けている。とでも言い表した方がわかりやすいか。
宙を仰ぎ、秀吉のいる空間だけ白いように見える。いや、実際には見えてないけど。
そんな悲惨な状況で、言葉を失う相川の背中を押す。
「え、えっとぉ。いやぁ、ほら、先生は、君にだね、非常に申し訳ないことを……」
ストレートに言わないと、と耳打ちをするが、むくりと上半身を起こした秀吉に二人とも目がいってしまう。
「ああ……あれか……。別に、もう気にしていない……」
ホッとするのも束の間、虚ろな瞳の秀吉の口端が、弱々しくつり上がる。
「ひたすらに素材集めの旅に出……せっかく、討伐……あれだけの時間を費やして……」
未練タラッタラじゃねーか!無理して気にしてないとか言うなよ!
ぼそぼそと愚痴りながら、秀吉の脚はガクガクと小刻みに揺れ始める。
いや、そんなに?貧乏揺すりするほど?
確かに自分、または他人のミスでデータ抹消、なんてことは少なくない智光だったが、そこまで落ち込むなんて一度もなかった。
秀吉は精神的にもとても強い(というか、気にしてないだけなんだろうけど)人間だと思っていただけに、そんな意外な姿を目の当たりにし、ぽかんと開口してしまう。
隣を見れば、こうなった元凶である相川はあたふたとして、役に立ちそうにないし。
仕方ない、こうなれば俺が。智光がその場に正座し、両手を床につけ、正に頭を下げようという、その瞬間だった。
「あ」
頭を抱えそうになっていた秀吉が、なんとも気の抜けた声をあげた。
思わず「え?」と聞き返してしまう。
「いや、今思い出した。もう大丈夫だ」
「な、何がだよ」
先ほどまでの邪神でも呼び出しそうなオーラはどこへ行ったのか。
清々しい顔で、秀吉が言い放つ。
「俺としたことが、勘違いしていた。あれ、お前に借りた分のソフトだった。俺は先日中古で買ったから用済みだったんだ」
「うん、そういえばそうだった」と、一人で納得した秀吉は、爽やかな笑みを浮かべている。
よくよく思い返せば、確かにそのゲームは、秀吉に貸したことがあった。
それも、"借りる"と言う名目で実際にはパクられている真っ最中である。だいぶ前のことだから、自分でも記憶から薄れていたが。
秀吉の笑みの何がイライラするかって、それじゃあお前は、友人に借りたものを返すことなくそのまま他人に貸したのかと。
罪悪感は無いのかと。つーか、結局気に入って自分用買うくらいなら、用済み呼ばわりせずにとっとと返せよ!と。
一気に不満を畳み掛けて飯を奢らせるくらいはいつでも出来るだろうが、それよりも智光は今回の騒動の結論を考えていた。

ということは、だ。
秀吉のデータは無事だった。
俺のデータは?
ん?
…………。
現実が追いつくまで、数十秒。

「芳政ァァアアア!!!!」
相川が担任教師だということも綺麗さっぱり忘れた智光の、荒い怒鳴り声が部室にこだました。

*

秀吉が嘆いてたのはきっとモンスターをハントするゲーム(笑)
「あ…あのさ、智光」
「んー?」
智光はテレビの前に胡坐をかき、画面に熱烈な視線を向ける。
そこに映っているのは、最近買ったとかいうゲームだ。
手元のコントローラーに忙しなく指を滑らせながら、いつものように気だるい声を返す。
「せっかくの休日なんだしさ、外、出ない?」
「おーい、いま俺が何やってるか見えねえのか」
「ご、ごめん」
ちゃんと見えてる。智光は、このゲームのラスボスと思われるものと対峙してる。
軽く舌打ちをされて、俺は思わず正座になった。
年下にどうしてこうも低姿勢でなければいけないのか。というか、本来はこいつが年上の俺に対して、異常な態度をとっているのに。
ただ、それに苛々していたのは最初だけ。今はもう慣れた。慣れなきゃやってらんない、というのが本音だが。
「うーん…あ、そのゲーム、面白い?俺にも貸してくれよ」
「自分で買え」
「うぐっ……」
やっぱりさっきの、訂正。ムカつくもんはムカつくだろ!
胸の内で苛立ちを募らせている間に、その元凶である智光はコントローラーを置いた。
そして、事前に手元に用意してあったと思われる、残り少ないペットボトルの水を一気に飲み干す。
「あれ、もう終わり?」
「ああ」
「それ…確か昨日買ったとか言ってなかったか?は、早っ…」
「そりゃ、一睡もしないでやってたからな」
エンドロールが流れ出した画面をぼうっと見つめる俺の横で、智光が大きく伸びをした。
睡眠不足から自然と出るあくびも、隠そうとはしない。
智光は、重度のゲームオタクだ。それは自他ともに認めている。ゲームセンターとかに行っても、ありえないくらい高いスコアがあって驚くことがあるけど、そういうのはこいつの仕業だ。
「んで、何だっけ?」
ふと話しかけられて、忘れかけていた本題を思い出す。
「えーと…、だから、たまには外出てみないかって話。気晴らしになるかもしれないし!」
「ふぅん」
1人テンションを上げる俺を横目に、智光は興味無さげに鼻を鳴らした。
だがそれは棘を含んでいて、否定ともとれる。
「行き先決まってんのかよ。それとも、なんとなーく散歩でもしようって訳?」
「そ、それは…まぁ…」
「せめて決めとけ」
これみよがしにため息をつかれた。
ただでさえ気難しい智光を前に、言葉に詰まる。
「…じゃあ、場所によっては良いんだな?」
「嫌だ」
「お、お前な…っ」
怒っちゃダメだ。こいつが調子に乗るから。でも抑えられない苛立ちに、顔が引きつる。
そんな俺に、智光は何の感情も持たない視線を向ける。
「なあ、ほんっとーにダメか?絶対?俺がこんだけ言ってんのに?」
そう簡単に諦めてたまるか。かるい勝負心が芽生えて詰め寄る。
大げさに顔を覗き込むと、智光は眉に皺を寄せた。不機嫌な時のこいつの癖だ。
「うるさい」
「なんでだよ…」
「用も無いのに外へ出たくない。面倒だ」
お笑い番組で見た芸人みたいに、ズコーっと滑った。
智光は何事も面倒か、そうでないかで決める。でも、その判定基準はシビアすぎて俺にはわからない。
…いや、シビアというよりは、本当にこいつの気分次第なんだと思うけど。
グダグダしたいのは俺だってそうだけど、智光は度が過ぎてる。
金持ちで、頭が良くて、体育の授業くらいでしか見たことないけど、運動神経も良い方だ。
男の俺から見ても顔立ちはすごく整ってると思うし、その上ゲームも上手いって、さすがの俺でも天を恨むぞ…?
そういう相手を連れ出す策なんて、いくら考えたって、実行したって、やっぱり失敗するのがオチなんだろうか。
悩みすぎて無言になっていた時、智光の携帯が鳴った。間髪入れず、智光が電話に出る。
「おう、どした?…え、マジ?了解。今から行く」
短い会話だった。
電話を切ってすぐ、智光は外出の準備を始めた。
「ちょっと出掛けるわ」
「えっ…も、もしかして、俺の思いが通じた…!?」
「違えよ。秀吉がいまゲーム大会やってて、俺に参戦依頼」
あっけらかんとした表情で言われて、2度目のズコー。
徹夜明けのはずなのに、今の智光はなんだかすごく元気に見える。そんなにゲームが好きなのか?
ちくしょう。俺がこんなに真剣に考えてやってるってのに!
馬鹿だ、こいつホントに馬鹿だ。でも。
「…あんたも来る?」
広い部屋に一人きりになるのはなんだか居心地が悪くて…。
結局俺は今日も、自分の言うことを聞かせるどころか、こいつの気まぐれに付き合うことしか出来なかった。
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