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修介・隼人
季節は新緑の香る5月。ゴールデンウィークを過ぎ、過ごしやすい気候が続いている。
都心に近い名門私立、月下学園。
明治以前から存在する歴史ある学園であり、学園名の由来は、創設者の好きだった月下香という花からきているそうだ。
深夜には月の光が校舎全体を照らし、幻想的な光景が見られることで有名で、正にここは月の下で咲く花だ。
今では幼稚園から大学までの一貫教育が売りであり、ただの甘やかされた金持ちが通うばかりではなく、有数の進学校としても有名である。
各界の著名人にもこの学園の出身者が大半で、その華やかさに憧れる人間は多い。
全国的に見ても、学園の知名度は高いと言えるだろう。
放課後、人気の少なくなった学園の理事長室で、二人の男が緊張した様子で人を待っていた。
一人は、学園の理事長である、西條清彦。
そしてもう一人は、その息子であり、学園の三年生である西條隼人だ。
隼人は、緊張しながらも応接用のソファーに座っている自分とは対照的に、焦りを抑えきれず室内を右往左往する理事長を、呆れたような眼で見やる。
「親父…ちょっと深呼吸したら?落ち着きなさすぎ」
「む…そ、そうだな…」
隼人に言われ、胸に手を当てて深呼吸をする理事長。
しかし、何故この場に自分も居合わせなければいけないのか?今日の客人というのは、理事長がここまで焦りを隠せないほどの重要人物なのだろうか?
昔からあまり頼れない雰囲気の理事長を見つつ、隼人は思う。
客人が尋ねてくるので、そこに同席しろと言われたのは、つい昨夜のことである。
一体どんな人物なのか、どんな用件で来るのか、詳しいことは全く教えてもらえていないし、理事長は聞いても「会えばわかる」の一点張りだった。
それからも特に親子の会話もなく、二人はただただじっと、客人の訪問を待った。
しんとした室内に、午後7時を知らせる時計の優雅な曲が鳴り響いた。
それが静まったのとほぼ同時に、ドアが規則正しくノックされた。
理事長の体がびくっと跳ね、恐る恐る顔がドアへと向けられる。
いつもの気弱な父を知っているだけに隼人は不審に思ったが、一向に口を開けない理事長を見かねて声を掛ける。
「ど、どちらさまですか?」
「桐島です」
今、このドアの向こうに居るのがその客人とやらか。
隼人も一つ息を吐き出すと、室内へと通す。
入ってきたのは、ぱっと見、普通のサラリーマン…といった感じの男だった。
年齢がどのくらいなのかは見ただけでは判断できないが、どちらかといえば若い、20代後半から30代前半くらいのイメージを持った。
一糸の乱れも無いダークスーツに身を包み、銀縁の眼鏡、黒髪の短髪からは爽やかな印象すら受ける。
しかし、隼人はその桐島と名乗る男を見た瞬間、言いようのない不信感を抱いた。
「直接会うのは初めて、ですね…桐島修介です。本日は、西條様のご依頼の件で、参りました」
桐島は、柔らかく微笑みながら理事長にそう声を掛けた。理事長はぎこちなく会釈をし、握手を交わす。
そして、桐島は隼人にも顔を向ける。
「こちらは息子の隼人君ですね。しかし…私は彼も同席するとは聞いていない」
顔は穏やかだというのに、この男の言葉に、何か冷たいものを感じる。
「えっと…あの、すみません、オレがどうしてもって言ったんです。な、親父?」
冷や汗をかく理事長を目にし、隼人が咄嗟にフォローに入る。
「あ、ああ、そういうことだから…その、息子も、君の力になってくれるだろう…」
「力に、ね……」
「もちろんだ!なぁ、隼人?」
今度は理事長にそう強く迫られ、隼人は否定も肯定も出来ずに、黙り込んでしまう。
(何なんだ、この男…。親父…一体こいつと何を…)
「今からわかるさ」
桐島が、まるで隼人の思考を読み取ったように、笑った。

それから、桐島は理事長と向かい合うように座り、事の発端を話してくれた。
現在、月下学園の学園長が失踪していること。
学園長は、杉下という高齢の男だったのだが、数ヶ月ほど前に、突如姿を消してしまったのだ。
それはもちろん隼人も知っている。今はすっかり減ったものの、最初の一ヶ月ほどはマスコミも学園へ詰め掛けていた。
その学園長失踪について、桐島が絡んでいること。杉下はもうこの世にいないこと。
事件は、理事長が桐島に依頼したものであること。
そして仕事が完了し、今ここに清算の為に、桐島が部下を使わず自ら尋ねて来たこと。
一連の説明が終わってからも、隼人にはそれがまるで別の次元の出来事のように思えた。それも当然と反応と言えるのだが。
「そん、な…そんなのって、は、犯罪じゃないか…」
とても冷静にはなれない頭で、ようやく声を絞り出す。
「親父…!どうして、そんなことを…!!」
「……すまない、すまない隼人…こうでもしなければ…あの男はっ…」
隼人に肩を揺すぶられ、理事長は今にも泣き出しそうに頭を垂れる。
その姿は隼人にとって、父が理事長という立場であることが信じられないほどに、みっともなく映った。
「あまりお父様を責めないでやってくれ。これは全て、終わったことなんだから」
「何言ってるんだ?あんた…自分が何してるかわかってるのか?親父もだ!いくら学園長が最低な野郎だったからって、こ、殺しの依頼なんて…!!」
決定的な言葉に、桐島は無言で人差し指を唇に当てるジェスチャーをした。
渋々口を噤むと、桐島が薄く笑う。その笑みに肌寒いものを感じ、視線を逸らす。
「杉下が不祥事を犯し続けていたとしても、いつかは発覚するだろう。だが、そうなれば学園の名は確実に汚れる。お父様の判断は当然だと考えるのが普通じゃないのかい?」
杉下は、元はこの学園出身の現役教員だった。
だがいつからだろう、少なくとも隼人が生まれた時には、既に理事長と杉下の関係は険悪なものになっていた。
学園長へと上り詰め、その権力を手にした杉下は己が欲望のままに学園の資金をも横領、正に学園を乗っ取ろうとしていた。
更に腹立たしいのは、杉下は自らの立場が危うくなると、全て理事長に罪を着せたのだ。それについて理事長が苦悩していたのは、隼人もよく知っていた。
だが、それでも。それでも、もっと良い解決方法があったはずだ。
不祥事が公になれば、悪いのは杉下の方なのだから、杉下だけに処罰が下るはずだ。それなのに、理事長は学園の名を守ることを最優先としたのか?
…いや、そうではない。ここ数年の間、理事長は自宅で自殺未遂をしたこともある。最早、後先を見出せぬほどに追い詰められていたのかもしれない…。
非人道的な道に走ってしまった父を止められなかったことを悔やむのと同時に、目の前の男に怒りが湧いてくる。
どう見ても桐島の方が理事長よりも年下だというのに、理事長は桐島を恐れている。
(こいつだ…こいつが、親父をそそのかしたんだ)
桐島を睨み付ける隼人に、理事長は縋るように詰め寄る。
「隼人、無駄だ…この男に…法は通用しないんだよ」
「どうしてそんなことが言えるんだ…!!」
あまりの怒りで思わず立ち上がった隼人を目だけで見上げ、桐島はふぅと息を吐く。
「…隼人君。今ここで警察を呼んでも構わないぞ。そうなれば君は当然、私とお父様を摘発できるだろう。だが、その後のことはどうだ?君はこれから一生、犯罪者の息子という汚名を背負って生きていくことになる。それだけでも苦痛だと言うのに、君の家はあの西條財閥だ。君一人が背負えば済む問題ではないのだよ」
「……そ、それは」
「素敵なお母様と妹さんまで、好奇の目に晒しても良いのかい?」
「……くっ」
大切な家族のことを出され、隼人は唇を噛み締めた。
力が抜けたようにソファーへ座り込むと、理事長は桐島が機嫌を損ねていないかと、心配そうにその表情を伺う。
「ご理解頂けたようで光栄です。…さて、と。それでは西條様…ここからが本題だな」
先ほどまで穏やかだった桐島の顔が、途端に表情を消した。声色も全く違い、低く冷たい。
まるで対人用の柔和な人格ではない、冷酷無比な人格へ移行した合図のようだった。
その豹変ぶりに、隼人は全身を強張らせる。
「……報酬の件は覚えているか」
「そ、それはもちろん。だが…その…や、やっぱりあれ、は…」
桐島が問うた瞬間、冷や汗の量が多くなった理事長が口ごもる。
「あ、れは、私だけで決められる問題じゃない。か、金なら払う。だから、やっぱり…」
バン、と乾いた音が響いた。
桐島がテーブルを片手で叩いたのだ。それほど強い力ではない。音で威圧する為だろう。
理事長はひっと喉を鳴らし、桐島からすれば予想通りとも言った反応をする。
「杉下を殺す代わりに、こちらの望む報酬を呑むと、契約を交わしたことを覚えていない訳じゃないだろう?まさか、この期に及んで契約破棄するつもりか」
「い、いや。そういう訳では…」
「もし、報酬を払わないまま契約を破棄した場合はどうなるか…事前に伝えたはずだが?」
そう言って、桐島は目を細める。
その氷のように冷たく、だが邪悪な焔を秘めた瞳は、理事長にとって最悪の結末を思案しているかのようだ。
「ひ、ひぃっ、待ってくれ!そんなことはしない!しないから、西條の名だけは…!!」
理事長が、助けを請うようにその場で頭を下げる。
西條の名…ということは、つまり財閥を潰すだとか、そういう脅しをかけられているということだろうか。
そんな脅迫に屈したくはないが、この男ならばありえるかもしれない。
確証はないものの、隼人はがたがたと震える理事長の背中を、そっと撫でた。
「あの…その、報酬って、一体…」
恐る恐る聞いてみる。金が欲しい訳ではないのなら、一体何が目的なのか。
「人間だ」
「……は?」
「この学園の人間を、俺…いや、俺達に差し出すこと。それがこの依頼の条件だ」
想像の範疇を大きく越えた答えに、隼人は戸惑いを隠せない。
(どういうことだ…人間…って…まさか…人、身、売買…?)
「ご名答」
また、だ。考えていたことにそのまま言葉を返されたような、気味の悪い感覚に、隼人は反射的に桐島を見やる。
桐島は、口の端をつり上げてこちらを見つめていた。
「その為に、俺は明日から杉下の後釜として月下学園の学園長を務める。一時的に、だがな。数ヶ月もすれば辞めているだろう」
「あんたが…学園長に…?」
「ああ」
まさかこの非道な男が学園長として学園に居座ることになるとは…想像しただけで、隼人は頭が痛くなる。
「…協力って、その…それを、オレに手伝えって言うんですか…」
半ばやけくそのように、隼人は呟いた。
あまりに現実味のない話を聞きすぎて、最早反抗する気も失せてしまった。
そして何より己の身の安全の為に、やはりこの男の言うことを聞くしかないのかもしれないと思い始めていた。
「そうだな…お前は俺が必要とした時だけフォローしてくれればいい。お前も今年は受験だろう、迷惑はかけないさ」
「…そりゃ、どうも…チッ、最低だ。親父も、あんたも、……オレも」
隼人は、この場にいる全員を責めるように吐き捨てた。
「あーあー…それにしても、誰だか知らないけど?あんたの生け贄になる奴って、ホントかわいそーですね」
「くくっ…生け贄、だと?面白いことを言う」
隼人が言い放った言葉に、意外にも桐島が吹き出した。
相手からすれば目を付けられたら最後、無条件で連れ去られてしまうかもしれないのだ。
桐島への捧げ物としか言いようがない。
「オレは、西條家の為にも、あんたに協力する。そしてあんたの生け贄になる奴がどうなろうと、オレには関係ない。そういう感じで良いんですよね?」
「それがお前の本音か」
「…そう思わなきゃやってられないですよ。それに、人間ってそういうものでしょう。ずっと仲良くしてたって、急に手の平返すような奴だっているのが現実ですよ。親父と学園長みたいに…」
「ああ…確かにな」
協力することを承諾してしまった以上、隼人にできるのは彼の機嫌を取りつつ、一刻も早く学園から去ってもらえるよう祈ることくらいだ。
深く頷き、桐島は眼鏡のブリッジを上げた。
余裕の笑みを浮かべる彼は穏やかで、やはりこうしてまじまじと見てみても普通の人間にしか見えない。

だが、この男が後に学園で引き起こす数々の悲劇を、この頃の隼人はまだ知るよしもない。
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