一次創作絵・文サイト。まったりグダグダやっとります。腐要素、その他諸々ご注意を。
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「……あ」
音楽室、もとい現在の月下学園での自室の扉を開けた瞬間、飛燕は口を声に出したままの形にして固まった。
数秒の間があり、ため息と共に肩を落とす。
こんなところに居たのか、というのが正直な感想だった。
弾けもしないグランドピアノで遊んでいる内に疲れてしまったのか、椅子に腰掛けた誠太郎が何とも気持ち良さそうな顔で眠りについている。
誠太郎がまたエスケープしたと教員から聞き、広い校内を必死で探し回っても見付からず、もしかしたらと諦め半分で立ち寄ってみたらこれだ。
目立つ赤縁の眼鏡を掛けていない為か、ただでさえ子供っぽい顔が更にあどけなく見える。
「誠太郎…?」
肩を軽く揺すぶりながら声をかけてみるが、小さな唸り声が発せられるだけで起きる気配はない。
飛燕は息を吸い込むと、柔らかな誠太郎の髪をぐしゃぐしゃ掻き回しながら、
「誠太郎!おい、起きないか!!」
「うわぁっ!!ふぇ…?」
耳元で響いた怒声に驚いた誠太郎が跳ね起きた。
まだまだ夢心地な彼が「めがね…」と呟き、飛燕はピアノの上に置かれていた眼鏡を手渡した。
「…せんせー、おはよう…」
「はい、おはよう。もう夜だけどな」
目を擦る誠太郎に腕時計を見せながら、時刻を示す。まだ夕方ならば少しは寝かせてやっても良かったが、そろそろ教員も終業になる。早く家に帰してやらなければならない。
「歩けるか?送るよ」
「うん…」
大きなあくびをして鞄を肩にぶら下げると、誠太郎はまだ眠そうに手を握ってきた。
離す理由もなく、まあいいか、と思ってしまった自分も大概甘い。
「せんせー、僕ねせんせーの夢見たの」
すっかり薄暗くなった廊下を歩きながら、誠太郎がこちらを見上げる。
「俺の?」
「せんせーがむかえにきてくれる夢。正夢になったよ!」
「そ、そう。良かったな」
満面の笑みで繋いだ手をぶんぶんと振ってくる。
その手の平からは外見以上に言葉がマシンガンのように溢れ出し、今のように疲れている時なんかはほとほと参ってしまう。
電波というのは正にこういう人間のことかもしれない。
全ての声をバカ正直に聞き入れてしまわないよう力をコントロールしながら話を進める。
「なあ誠太郎。何で音楽室にいたんだ?」
「んーと…おちつけるから!…かなぁ?」
「音楽室にいると良いのか?」
「なんかねー、ふしぎと寂しくないんだ。せんせーの匂いがするし…。でも、せんせーと一緒はもっと良い!」
あまりにも無垢な物言いに、堪え切れず吹き出してしまった。
けろりとした表情で、誠太郎が足を止める。
「せんせーなにがそんなに面白いの?」
「はは。何でも。誠太郎があんまり可愛いから、つい、な」
言いながら、頭を撫でてやる。
誠太郎は確かに子供っぽいところはあるものの知能的には何ら問題はないし、むしろ勉強はよく出来る方だ。
ただ、どうやら彼は「世間一般的」な考え方が抜けて育ったようだ。
それの一つに恋愛がある。寂しさを埋めてくれる飛燕が恋しい。それは性を越えた純粋で、真っすぐな気持ちだ。
自分の性癖からして同性は大歓迎な訳だが、難しいことは考えない主義である誠太郎は飛燕においても心地の良い存在である。
頭を撫でているうちにそれだけでは足りなくなって、その華奢な体を抱きしめる。誠太郎はくすぐったそうに身を捩らせるものの、受け身だ。
「…お前ってほんと癒しだよな」
「癒し?せんせー僕といると癒される?」
「うん」
「どのくらいー?」
「どのくらい…って、難しいこと聞くな」
直球すぎる質問に、飛燕は頭を掻きながら笑う。
困り果てて誠太郎の髪に鼻を寄せると、独特な甘い匂いがした。
「ん~?そうだな……食べてしまいたい……くらいかな」
…お前はふわふわのマシュマロみたいな味がしそうだ。
■ツイッターにて診断のお題「食べてしまいたい」でした。ありがとうございました!
音楽室、もとい現在の月下学園での自室の扉を開けた瞬間、飛燕は口を声に出したままの形にして固まった。
数秒の間があり、ため息と共に肩を落とす。
こんなところに居たのか、というのが正直な感想だった。
弾けもしないグランドピアノで遊んでいる内に疲れてしまったのか、椅子に腰掛けた誠太郎が何とも気持ち良さそうな顔で眠りについている。
誠太郎がまたエスケープしたと教員から聞き、広い校内を必死で探し回っても見付からず、もしかしたらと諦め半分で立ち寄ってみたらこれだ。
目立つ赤縁の眼鏡を掛けていない為か、ただでさえ子供っぽい顔が更にあどけなく見える。
「誠太郎…?」
肩を軽く揺すぶりながら声をかけてみるが、小さな唸り声が発せられるだけで起きる気配はない。
飛燕は息を吸い込むと、柔らかな誠太郎の髪をぐしゃぐしゃ掻き回しながら、
「誠太郎!おい、起きないか!!」
「うわぁっ!!ふぇ…?」
耳元で響いた怒声に驚いた誠太郎が跳ね起きた。
まだまだ夢心地な彼が「めがね…」と呟き、飛燕はピアノの上に置かれていた眼鏡を手渡した。
「…せんせー、おはよう…」
「はい、おはよう。もう夜だけどな」
目を擦る誠太郎に腕時計を見せながら、時刻を示す。まだ夕方ならば少しは寝かせてやっても良かったが、そろそろ教員も終業になる。早く家に帰してやらなければならない。
「歩けるか?送るよ」
「うん…」
大きなあくびをして鞄を肩にぶら下げると、誠太郎はまだ眠そうに手を握ってきた。
離す理由もなく、まあいいか、と思ってしまった自分も大概甘い。
「せんせー、僕ねせんせーの夢見たの」
すっかり薄暗くなった廊下を歩きながら、誠太郎がこちらを見上げる。
「俺の?」
「せんせーがむかえにきてくれる夢。正夢になったよ!」
「そ、そう。良かったな」
満面の笑みで繋いだ手をぶんぶんと振ってくる。
その手の平からは外見以上に言葉がマシンガンのように溢れ出し、今のように疲れている時なんかはほとほと参ってしまう。
電波というのは正にこういう人間のことかもしれない。
全ての声をバカ正直に聞き入れてしまわないよう力をコントロールしながら話を進める。
「なあ誠太郎。何で音楽室にいたんだ?」
「んーと…おちつけるから!…かなぁ?」
「音楽室にいると良いのか?」
「なんかねー、ふしぎと寂しくないんだ。せんせーの匂いがするし…。でも、せんせーと一緒はもっと良い!」
あまりにも無垢な物言いに、堪え切れず吹き出してしまった。
けろりとした表情で、誠太郎が足を止める。
「せんせーなにがそんなに面白いの?」
「はは。何でも。誠太郎があんまり可愛いから、つい、な」
言いながら、頭を撫でてやる。
誠太郎は確かに子供っぽいところはあるものの知能的には何ら問題はないし、むしろ勉強はよく出来る方だ。
ただ、どうやら彼は「世間一般的」な考え方が抜けて育ったようだ。
それの一つに恋愛がある。寂しさを埋めてくれる飛燕が恋しい。それは性を越えた純粋で、真っすぐな気持ちだ。
自分の性癖からして同性は大歓迎な訳だが、難しいことは考えない主義である誠太郎は飛燕においても心地の良い存在である。
頭を撫でているうちにそれだけでは足りなくなって、その華奢な体を抱きしめる。誠太郎はくすぐったそうに身を捩らせるものの、受け身だ。
「…お前ってほんと癒しだよな」
「癒し?せんせー僕といると癒される?」
「うん」
「どのくらいー?」
「どのくらい…って、難しいこと聞くな」
直球すぎる質問に、飛燕は頭を掻きながら笑う。
困り果てて誠太郎の髪に鼻を寄せると、独特な甘い匂いがした。
「ん~?そうだな……食べてしまいたい……くらいかな」
…お前はふわふわのマシュマロみたいな味がしそうだ。
■ツイッターにて診断のお題「食べてしまいたい」でした。ありがとうございました!
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自然は好きだ。
それはきっと、抑圧された日々を生きる反動だと思う。
ビーチパラソルの下で、さんさんと照り付ける太陽によって宝石のように輝く海を眺めていた。
本当はすぐにでも砂浜を駆けてその青へ飛び込みたいくらいだが、そうなってはバカンスで浮かれている周りを、更に騒がせることになる。
今日はお忍びだ。ぐっと我慢することにする。
一緒に来ていた誠太郎が、俺のパラソルにとことこ駆け寄ってくる。
「せんせーこれ見つけた!」
言いながら、瑠璃色の巻き貝を見せてきた。
「キレイ?」
「うん…綺麗…だけど、これヤドカリだよ」
「ヤドカリきらい…」
住み処に帰してやれよと促すと、また海へと走り出して行った。
(元気なことだ…)
十代というか、学生というか…いやむしろ誠太郎自身が実年齢より子供っぽいだけに、尚更そう感じるのかもしれない。
帰ってきた誠太郎は柔らかな砂をいじりながら、俺を見上げてくる。
「せんせー泳がないの?」
「ああ。俺が出て行ったら騒ぎになるからな」
「せんせー居ないとつまんないよ…」
誠太郎はこうして時々、憂いの表情を見せることがあった。
それも決まって、孤独を感じた時だ。
いつも仕事で忙しい家族の為か、独りが嫌いで、とても恐れている。
その点、俺は孤児だ。運良く善良な里親に引き取られたものの、思春期は自身の存在価値などを人並みに苦悩した。
誠太郎の気持ちにはなれないが、近くに歩み寄って接することはできる。
「今日は一緒に泳げないけど…それじゃあ、お城作ろうか?」
「作る!」
笑顔が戻ったことに安堵しつつ、誠太郎はまたバケツに水を汲んできた。
「とびきり大きいのがいい!」
はいはい、と呟きながら砂を固め始める。
「なあ誠太郎。今度は室内プールに行こうか。一日貸し切りでさ」
「ううん…」
誠太郎は首を横に振った。
「せんせーと一緒がいい。一緒なら何にもいらない」
可愛い、と思った。
本当の弟のようで、でも恋人である誠太郎。その華奢な身体を抱きしめる。
思わずにやけそうになるのを必死で抑えながら、俺はできるだけ優しく微笑んだ。
それはきっと、抑圧された日々を生きる反動だと思う。
ビーチパラソルの下で、さんさんと照り付ける太陽によって宝石のように輝く海を眺めていた。
本当はすぐにでも砂浜を駆けてその青へ飛び込みたいくらいだが、そうなってはバカンスで浮かれている周りを、更に騒がせることになる。
今日はお忍びだ。ぐっと我慢することにする。
一緒に来ていた誠太郎が、俺のパラソルにとことこ駆け寄ってくる。
「せんせーこれ見つけた!」
言いながら、瑠璃色の巻き貝を見せてきた。
「キレイ?」
「うん…綺麗…だけど、これヤドカリだよ」
「ヤドカリきらい…」
住み処に帰してやれよと促すと、また海へと走り出して行った。
(元気なことだ…)
十代というか、学生というか…いやむしろ誠太郎自身が実年齢より子供っぽいだけに、尚更そう感じるのかもしれない。
帰ってきた誠太郎は柔らかな砂をいじりながら、俺を見上げてくる。
「せんせー泳がないの?」
「ああ。俺が出て行ったら騒ぎになるからな」
「せんせー居ないとつまんないよ…」
誠太郎はこうして時々、憂いの表情を見せることがあった。
それも決まって、孤独を感じた時だ。
いつも仕事で忙しい家族の為か、独りが嫌いで、とても恐れている。
その点、俺は孤児だ。運良く善良な里親に引き取られたものの、思春期は自身の存在価値などを人並みに苦悩した。
誠太郎の気持ちにはなれないが、近くに歩み寄って接することはできる。
「今日は一緒に泳げないけど…それじゃあ、お城作ろうか?」
「作る!」
笑顔が戻ったことに安堵しつつ、誠太郎はまたバケツに水を汲んできた。
「とびきり大きいのがいい!」
はいはい、と呟きながら砂を固め始める。
「なあ誠太郎。今度は室内プールに行こうか。一日貸し切りでさ」
「ううん…」
誠太郎は首を横に振った。
「せんせーと一緒がいい。一緒なら何にもいらない」
可愛い、と思った。
本当の弟のようで、でも恋人である誠太郎。その華奢な身体を抱きしめる。
思わずにやけそうになるのを必死で抑えながら、俺はできるだけ優しく微笑んだ。
「どうだった?今日のライブ」
ライブの盛り上がりもそのままにギターを背負い、隣を歩く彼に話し掛ける。
自らの身分を考えるとこうも軽々しい行動は慎むべきだが、どこにパパラッチが潜んでいようと問題はない。
どうせ、面倒があれば鷲尾達が揉み消すだろうし。
「楽しかったですよ。誘ってくれてありがとうございました。…でも、ちょっと疲れちゃいました。会場の熱気が凄くて…」
「ま、世間は夏休み真っ最中だからな。客の年齢層も若かった気がするし…。ごめんな、無理させて」
「いえ、そんな。オレが身体が弱いのが悪いんです。それに…」
そこで、守は口をつぐむ。言っていいものかと、目だけを動かしてこちらを見遣る。
「毎回思うんですけど…凄く綺麗な女性が貴方を応援してるのを見ると…オレ、なんだか…」
急に頬を赤らめ、俯いてしまった。ここまで素直な反応だと、読心なんて馬鹿らしくなってくる。
「嫉妬してくれてんの?」
「えっ。い、いえ、あの…だって…何も誇れるところが無いオレが、貴方の傍に居て良いのかなって…」
「誇れるところ?そんなの山ほどあるだろ。何なら、箇条書にして見せようか?」
顔を寄せて微笑むと、守は一層肩を縮こまらせる。
どうやら耳元で囁かれることに弱いらしい。
「霧島先生は…なんだか、兄みたいです」
「なんで?同い年じゃん」
「そうなんですけど…頼りがいがあって、情熱的で…」
「褒められるのは嬉しいんだけど、それって兄貴分止まりってこと?」
「ち、違います。それくらい…落ち着くんです。できることなら、ずっと傍に居たい…」
やられた。どうしてこう、初々しくも甘い台詞を突拍子もなく言うのだろうか。
熱い気持ちが込み上げて、真正面から抱きしめる。
「可愛いこと言うなよ…いじめたくなる」
「今日は…疲れてるから駄目ですよ?」
「お預けかよ」
ガックリと守の肩にうなだれると、守は控えめに笑う。
その仕草が可愛くて、下心も空の彼方へ飛んだ。
意外に腹黒いかもしれない彼を愛しく思いながら、抱きしめる腕に力を込めた。
ライブの盛り上がりもそのままにギターを背負い、隣を歩く彼に話し掛ける。
自らの身分を考えるとこうも軽々しい行動は慎むべきだが、どこにパパラッチが潜んでいようと問題はない。
どうせ、面倒があれば鷲尾達が揉み消すだろうし。
「楽しかったですよ。誘ってくれてありがとうございました。…でも、ちょっと疲れちゃいました。会場の熱気が凄くて…」
「ま、世間は夏休み真っ最中だからな。客の年齢層も若かった気がするし…。ごめんな、無理させて」
「いえ、そんな。オレが身体が弱いのが悪いんです。それに…」
そこで、守は口をつぐむ。言っていいものかと、目だけを動かしてこちらを見遣る。
「毎回思うんですけど…凄く綺麗な女性が貴方を応援してるのを見ると…オレ、なんだか…」
急に頬を赤らめ、俯いてしまった。ここまで素直な反応だと、読心なんて馬鹿らしくなってくる。
「嫉妬してくれてんの?」
「えっ。い、いえ、あの…だって…何も誇れるところが無いオレが、貴方の傍に居て良いのかなって…」
「誇れるところ?そんなの山ほどあるだろ。何なら、箇条書にして見せようか?」
顔を寄せて微笑むと、守は一層肩を縮こまらせる。
どうやら耳元で囁かれることに弱いらしい。
「霧島先生は…なんだか、兄みたいです」
「なんで?同い年じゃん」
「そうなんですけど…頼りがいがあって、情熱的で…」
「褒められるのは嬉しいんだけど、それって兄貴分止まりってこと?」
「ち、違います。それくらい…落ち着くんです。できることなら、ずっと傍に居たい…」
やられた。どうしてこう、初々しくも甘い台詞を突拍子もなく言うのだろうか。
熱い気持ちが込み上げて、真正面から抱きしめる。
「可愛いこと言うなよ…いじめたくなる」
「今日は…疲れてるから駄目ですよ?」
「お預けかよ」
ガックリと守の肩にうなだれると、守は控えめに笑う。
その仕草が可愛くて、下心も空の彼方へ飛んだ。
意外に腹黒いかもしれない彼を愛しく思いながら、抱きしめる腕に力を込めた。
せっかくの夏休みだというのに、学園の教室で、俺は一馬と二人きり、補習授業。
芸能人夫婦の遅くできた一人息子として甘やかされてきた一馬は、生徒には人気があっても、この学園の厳格な教師陣には反感を買うばかりだ。
そこで、臨時で音楽教師をしている俺が一馬の相手を任された。
本業には差し支えない程度だから良いものの…まさかここまで面倒な奴だとは思わなかった。
いくら注意しても授業内容を聞いてないわ、携帯は弄るわ、まず根本的なやる気が無いわで、全く進んでいない。
「あ~もう飽きた。なあ、休憩とろうぜ」
「5分前にとったばかりだろ。ほら頑張れ、アイスあるぞ」
「いらねーよ。一本百円の棒アイスなんて貧乏人が食うもんだろ」
決して短気ではない俺も、さすがにキレた。
胸倉を掴み、引き寄せる。
「王子様気取りもいい加減にしろよ」
「ふ、フンッ。そのくらいの脅しで俺が…」
「そんなこと言って、留年にでもなったらどうする?ただでさえお前の成績と出席日数じゃ危ないのに…わかってるのか、一馬くん?」
わざとらしく名前を呼ぶ。普段よりも低い俺の声に、一馬はバツが悪そうに唸った。
さすがに、留年は避けたいらしい。俳優になって、将来父親と共演することが夢である一馬にとって、そんな失敗をすれば黒歴史になるだろうからか。
一馬は大人しく席に座り直す。
「ったく…こんな奴と補習なんて、如月先輩に勉強教えてもらっときゃ良かったぜ」
「一馬」
「わ、わかった。やりゃいいんだろ!」
焦りつつも、一馬は真っ白だったノートを急いで取り始めた。
クスリと微笑むと、悪態をついてくる。
それも照れ隠しだと知っている俺にとっては、可愛い仕草でもある。
「…なぁ飛燕、ここ、どうやんの?」
教師に…というか、目上に対する態度がなっていないところを除けば、素直な奴だと思うんだけどな。
「どこ?」
「えーっと…うん、まあ…全部?」
「お前…後で覚えとけよ…」
やっぱり、この我が儘お坊ちゃまにはそれなりの教育が必要のようだ…。
芸能人夫婦の遅くできた一人息子として甘やかされてきた一馬は、生徒には人気があっても、この学園の厳格な教師陣には反感を買うばかりだ。
そこで、臨時で音楽教師をしている俺が一馬の相手を任された。
本業には差し支えない程度だから良いものの…まさかここまで面倒な奴だとは思わなかった。
いくら注意しても授業内容を聞いてないわ、携帯は弄るわ、まず根本的なやる気が無いわで、全く進んでいない。
「あ~もう飽きた。なあ、休憩とろうぜ」
「5分前にとったばかりだろ。ほら頑張れ、アイスあるぞ」
「いらねーよ。一本百円の棒アイスなんて貧乏人が食うもんだろ」
決して短気ではない俺も、さすがにキレた。
胸倉を掴み、引き寄せる。
「王子様気取りもいい加減にしろよ」
「ふ、フンッ。そのくらいの脅しで俺が…」
「そんなこと言って、留年にでもなったらどうする?ただでさえお前の成績と出席日数じゃ危ないのに…わかってるのか、一馬くん?」
わざとらしく名前を呼ぶ。普段よりも低い俺の声に、一馬はバツが悪そうに唸った。
さすがに、留年は避けたいらしい。俳優になって、将来父親と共演することが夢である一馬にとって、そんな失敗をすれば黒歴史になるだろうからか。
一馬は大人しく席に座り直す。
「ったく…こんな奴と補習なんて、如月先輩に勉強教えてもらっときゃ良かったぜ」
「一馬」
「わ、わかった。やりゃいいんだろ!」
焦りつつも、一馬は真っ白だったノートを急いで取り始めた。
クスリと微笑むと、悪態をついてくる。
それも照れ隠しだと知っている俺にとっては、可愛い仕草でもある。
「…なぁ飛燕、ここ、どうやんの?」
教師に…というか、目上に対する態度がなっていないところを除けば、素直な奴だと思うんだけどな。
「どこ?」
「えーっと…うん、まあ…全部?」
「お前…後で覚えとけよ…」
やっぱり、この我が儘お坊ちゃまにはそれなりの教育が必要のようだ…。
とある男が起こした大量虐殺は、裏社会でもさして知られていない。
知りうる人間も同時に起きた火事で無になったからだ。
長年の仕事のデータ。確かにそこで生きていた人間の存在。
炎は全てを灰にする。
それでも消えることのないものは人の激情。焔だけだ。
孤児であった飛燕は、ある富豪の老人に引き取られた。
ただ人と違ったのは、その老人の家系が現在も続く名家であるということ。
一流ホテルを経営する老人――祖父の元で育ち、富と心に余裕があったからか飛燕は健やな少年に成長していた。
祖父は大変厳格な存在で、最初こそ飛燕に冷たい態度をとっていた。
が、飛燕が成長するにつれわだかまりも溶け、本当の孫…いや、それ以上に可愛がっていた。
「……ん?」
いつもの週末。祖父の家に遊びに来ていた飛燕は、祖父の書斎で読書をしていた。
その日、何気なく手にとった手記。
それは祖父が何より大切にしているものであり、普段は触ることすらないが、ちょっとした悪戯心が働いた故の行動だった。
だが、そこに挟まれていた写真に飛燕は目を奪われた。
古ぼけたそれには、若かりし頃の祖父と、この世のものかと疑うほどに美しい女性が写っている。
仲睦まじく寄り添った二人の関係は、まるで夫婦のように見えた。しかし、祖父にそのような関係になった女性がいたとは聞いたことがない。
その後書斎に入ってきた祖父にばれ、手記を勝手に覗いたことを叱られたが、写真を見つけてしまったことについては特に咎められなかった。
「じいちゃん、これ…誰?」
「ああ、いや、それは…なんだ…」
飛燕は、祖父の気まずい空気を汲み取れる訳もなく、笑顔で聞いてしまう。
祖父は椅子に腰かけると飛燕を傍に呼び寄せ、二人で写真を眺めた。
「その方は…麗華さんと言う」
「れいか?」
「ああ、じいちゃんの…婚約者だった人だ。みんなには内緒だぞ?」
祖父はそう苦笑する。
「じいちゃんは、れいかさんが好きだったのか?」
「…もちろん、好きだったよ。とても…」
「じゃあなんで結婚しなかったんだ?」
そう言って、飛燕は首を傾げる。好奇心に満ちた子供の言葉に、悪意は微塵もない。
だが、それは祖父の胸を深く抉る。
「…したかった…。したかったのに…出来なかったんだ…飛燕…」
低く呻いて、祖父は飛燕をきつく抱きしめた。
驚いて、祖父を見上げる。飛燕にとって強く憧れの存在である祖父は、声を殺して泣いていた。
飛燕は幼心ながら、その姿をはっきりと記憶に焼き付けていた。
後にネットなどで当時のことを調べて判明した事実。天皇家とも親交のある名門・青蓮院の令嬢、失踪事件。
被害者は青蓮院麗華。
生きていれば祖父より一回りほど下の年齢で、艶のある長い黒髪と雪のように白い肌は煌びやかな着物によく似合い、まるで日本人形のような美貌を誇ったと言う。
顔を覚えられて誘拐でもされるのを恐れてなのか、あの写真以外、全く出てこなかった。
それほど大事に可愛いがられていたということだろう。
飛燕は事件や家系を調べるにつれ、この女性のことをもっと深く知りたくなった。
…神隠し。正にそうとしか思えない、不可思議な事件。
一度推理ものを見てしまうと犯人が解るまで気になるのと同じように、単純に興味が湧いた。
「…麗華、さん」
残念ながら飛燕は異性に対して恋愛感情を持つ人間ではなかったが、麗華という文面でしかわからない女性には、何故か引き寄せられるように執着した。
実父も、その父も、共に麗華に執着したことなど、当時の飛燕には知る由もなかった。
知りうる人間も同時に起きた火事で無になったからだ。
長年の仕事のデータ。確かにそこで生きていた人間の存在。
炎は全てを灰にする。
それでも消えることのないものは人の激情。焔だけだ。
孤児であった飛燕は、ある富豪の老人に引き取られた。
ただ人と違ったのは、その老人の家系が現在も続く名家であるということ。
一流ホテルを経営する老人――祖父の元で育ち、富と心に余裕があったからか飛燕は健やな少年に成長していた。
祖父は大変厳格な存在で、最初こそ飛燕に冷たい態度をとっていた。
が、飛燕が成長するにつれわだかまりも溶け、本当の孫…いや、それ以上に可愛がっていた。
「……ん?」
いつもの週末。祖父の家に遊びに来ていた飛燕は、祖父の書斎で読書をしていた。
その日、何気なく手にとった手記。
それは祖父が何より大切にしているものであり、普段は触ることすらないが、ちょっとした悪戯心が働いた故の行動だった。
だが、そこに挟まれていた写真に飛燕は目を奪われた。
古ぼけたそれには、若かりし頃の祖父と、この世のものかと疑うほどに美しい女性が写っている。
仲睦まじく寄り添った二人の関係は、まるで夫婦のように見えた。しかし、祖父にそのような関係になった女性がいたとは聞いたことがない。
その後書斎に入ってきた祖父にばれ、手記を勝手に覗いたことを叱られたが、写真を見つけてしまったことについては特に咎められなかった。
「じいちゃん、これ…誰?」
「ああ、いや、それは…なんだ…」
飛燕は、祖父の気まずい空気を汲み取れる訳もなく、笑顔で聞いてしまう。
祖父は椅子に腰かけると飛燕を傍に呼び寄せ、二人で写真を眺めた。
「その方は…麗華さんと言う」
「れいか?」
「ああ、じいちゃんの…婚約者だった人だ。みんなには内緒だぞ?」
祖父はそう苦笑する。
「じいちゃんは、れいかさんが好きだったのか?」
「…もちろん、好きだったよ。とても…」
「じゃあなんで結婚しなかったんだ?」
そう言って、飛燕は首を傾げる。好奇心に満ちた子供の言葉に、悪意は微塵もない。
だが、それは祖父の胸を深く抉る。
「…したかった…。したかったのに…出来なかったんだ…飛燕…」
低く呻いて、祖父は飛燕をきつく抱きしめた。
驚いて、祖父を見上げる。飛燕にとって強く憧れの存在である祖父は、声を殺して泣いていた。
飛燕は幼心ながら、その姿をはっきりと記憶に焼き付けていた。
後にネットなどで当時のことを調べて判明した事実。天皇家とも親交のある名門・青蓮院の令嬢、失踪事件。
被害者は青蓮院麗華。
生きていれば祖父より一回りほど下の年齢で、艶のある長い黒髪と雪のように白い肌は煌びやかな着物によく似合い、まるで日本人形のような美貌を誇ったと言う。
顔を覚えられて誘拐でもされるのを恐れてなのか、あの写真以外、全く出てこなかった。
それほど大事に可愛いがられていたということだろう。
飛燕は事件や家系を調べるにつれ、この女性のことをもっと深く知りたくなった。
…神隠し。正にそうとしか思えない、不可思議な事件。
一度推理ものを見てしまうと犯人が解るまで気になるのと同じように、単純に興味が湧いた。
「…麗華、さん」
残念ながら飛燕は異性に対して恋愛感情を持つ人間ではなかったが、麗華という文面でしかわからない女性には、何故か引き寄せられるように執着した。
実父も、その父も、共に麗華に執着したことなど、当時の飛燕には知る由もなかった。
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